明治乙女物語 書評|滝沢 志郎(文芸春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年8月21日 / 新聞掲載日:2017年8月18日(第3203号)

明治乙女物語 書評
有望な新人作家の誕生 
史実と虚構を巧みに組み合わせる

明治乙女物語
著 者:滝沢 志郎
出版社:文芸春秋
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明治乙女物語(滝沢 志郎)文芸春秋
明治乙女物語
滝沢 志郎
文芸春秋
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岩井三四二、葉室麟、青山文平らを輩出した松本清張賞から、また有望な新人が誕生した。それが明治中期を舞台に、高等師範学校女子部(女高師)に通う女学生たちが難事件に挑む時代ミステリ『明治乙女物語』で第二四回松本清張賞を受賞した滝沢志郎である。

といっても本書は、“新人離れした”という慣用句が使える作品ではない。探偵役の女学生四人を中心にしながらも、政府の役人、容疑者らしき男の動向なども描かれるので視点人物が目まぐるしく変わり、突然回想シーンが挟み込まれる時間軸の混乱もあるので読みにくいなど、新人らしい粗さも少なくないのだ。ただ史実と虚構をないまぜにしながらスリリングな物語を作った手腕、魅力的なキャラクター、何より現代と共通する社会的なテーマに迫ったところは、瑣末な欠点を補って余りある。手堅くまとめるのではなく、長所も短所も際立っているところに、これからの“のびしろ”が感じられた。

明治の女学生といえば、矢絣の着物、海老茶の袴をイメージする人も多いだろう。だがこれは、明治三二年に高等女学校令が公布され、女学校と女学生の数が増えて以降のスタイルである。本書の舞台はそれより約一〇年前だけに、いままでにない女学生の世態風俗が描かれたり、女高師の学生が鹿鳴館の踊り手として動員された史実を踏まえたりと、知られざるエピソードを巧みに組み合わせているので驚きも大きいのである。作中には、女子教育を推進した初代文部大臣の森有礼、憲法草案を作成中の伊藤博文、留学経験もある女子教育の先駆者・大山捨松、捨松の姉で女高師寄宿舎の舎監・山川二葉ら実在の人物も数多く登場。主人公の四人の中には、貧困層の幼児教育に力を入れた野口幽香、東京女子大学の創設に尽力し二代校長になった安井てつがモデルと思われる女学生もいる。こうしたディテールの積み重ねが、物語に圧倒的なリアリティを与えているのも間違いあるまい。

明治二一年。欧化主義の実験場になっていた女高師の講堂で、森有礼が主催する舞踏会が開かれた。その時、校庭の藤棚で爆弾が炸裂し、講堂に置かれた植木鉢からも煙が上がる。才色兼備で誰からも慕われる女学生・野原咲は、見事な機転で植木鉢を処理する。

コナン・ドイル〈シャーロック・ホームズ〉シリーズの第一作“A Study in Scarlet”を原書で読んでいた咲は、寄宿舎で同室の駒井夏らと調査を開始。ホームズばりの現場検証で、立身出世主義の啓蒙書『西国立志編』の残骸を発見。咲は、舞踏会の日に女高師に来ていた車夫の柿崎久蔵が同じ本を読んでいたことを思い出す。その頃、日本の欧化主義と女子教育を批判する犯行声明が、新聞に掲載される。しかも犯行グループは、次に鹿鳴館を襲撃すると予告していた。折しも鹿鳴館では天長節夜会の準備が進められていたが、女性の参加辞退者が続出。そこで森有礼は、女高師の有志を鹿鳴館に送り込むことに決める。

当時の日本は、女子教育の重要性を説く開明派と、日本女性は良妻賢母たるべきとする保守派がせめぎ合っていた。この対立の構図は現代も変わっていないので、自立した女性になりたいが、そうすると家庭に入るのが遅れるのではないかと悩みながらも、懸命に人生を切り開こうと戦う女学生たちの苦悩には、共感も大きいのではないか。

森有礼に庇護され、勉学にも、事件の捜査にも真剣に取り組んでいた咲たちは、やがて自分たちが真に戦うべき“敵”が意外な人物であることに気付く。終盤の急展開は、読者の思い込みを覆すと同時に、一見すると正しそうな主張の中にも欺瞞が隠されているという重いテーマを浮かび上がらせるだけに衝撃も二倍になっており、強く印象に残るはずだ。
この記事の中でご紹介した本
明治乙女物語/文芸春秋
明治乙女物語
著 者:滝沢 志郎
出版社:文芸春秋
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