メアリー・シーコール自伝 もう一人のナイチンゲールの闘い 書評|メアリー・シーコール(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年8月28日

人生は艱難辛苦の連続 
無私の精神でボランティア活動に身を捧げたメアリーの生き方から教わるところ大

メアリー・シーコール自伝 もう一人のナイチンゲールの闘い
著 者:メアリー・シーコール
出版社:彩流社
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まず二人の名前を並べよう。フローレンス・ナイチンゲールとメアリー・シーコール。チャールズ・ダーウィンとアルフレッド・ウォレス・ラッセル。一見して前者は近代看護師の母と進化論で並ぶもののない二人だと分かる。だが後者が同じ分野で活躍して当時それなりに新聞をにぎわした二人だということは忘れられている。前者の二人が典型的な階級社会である英国ヴィクトリア朝時代の将来は約束された名家の出身であるのに反して、後者、特にメアリーは主に独力で一歩一歩道を切り開かざるを得ない生まれだ。

メアリー・シーコールは大英帝国の植民地であるジャマイカで生を授かる。母親は奴隷ではなく比較的自由なクレオールであり、父親がスコットランド出身の英国軍人であった。植民地出身で肌の色が違うということは階級社会のこの時代には決定的でありメアリーの人生は艱難辛苦の連続だった。

芸は身を助く、というがメアリーは母親から授かった薬草の知識と伝統療法でジャマイカでコレラ治療にあたり、さらに親交のある医師から医療知識を身に着ける。クリミア戦争勃発とともに軍の看護師志願でロンドンに向かうがナイチンゲールの看護師集団への入団は拒否されて、単身クリミアへ身を乗り出す。ナイチンゲールの病院よりもさらに前線の近くで持ち前の商才でホテル・食堂・雑貨品店を営む。その傍らジャマイカ時代にコレラの治療で名をあげたメアリーのもとに参じてくる負傷兵を敵味方に関係なく治療して軍医にも勝るとも劣らない成果をあげる。だがメアリーが戦うのは病気や肌の違いに起因する階級差別だけではなく、無法地帯ともいうべき当地での使用人に至るまでの日常茶飯事の盗み、果ては殺人に至るまでの難事だ。だが明るく人に好かれるメアリーは最高司令官のラグラン卿をはじめ軍の高官とも親しい関係を築いた。さらに史上初めての従軍記者と言われるタイムズ紙の記者がメアリーの戦場での介護の姿を記事にする。戦後メアリーが破産状態で帰国した時に、戦場で手当てを受けた無数の名もない兵士や遺族たち及び高官たちが基金を設ける。二度目の破産の時にはヴィクトリア女王も支援する。

英国を代表する伝記作家リットン・ストレイチーの小伝『ナイチンゲール』は、ナイチンゲールをその時代とヨーロッパ的視野に立ち、本人の人となりから業績までを俯瞰していて申し分ない。一方本書はクリミア戦争後メアリーがロンドンで書いたボランティアとしての自伝だ。出版は戦争終結翌年の五七年で、出版直後からベストセラーになってメアリーの名前を高からしめた。白衣の天使・ナイチンゲールの近代看護教育の確立、社会起業家、統計学者、近代的病院建築設計等の超人的な業績と比べるとメアリーの活動はあくまで個人的である。一体いかなる力が働いてこの二人に運命的な人生のレールが敷かれたのか?ナイチンゲールは「われに仕えよ」という神の声を聴いて看護の道につく。メアリーは自らを抑えられないカリブ人の衝動で看護に身を投げ出す。

メアリー没後一〇〇年にして再評価が始まり、近年メアリーに関する小冊子や伝記が出版され、昨年はロンドン聖トマス病院敷地に記念像が建立されて、英国では今やメアリーはナイチンゲールと並んで近代看護の二大巨頭となった観がある。

東北大震災や熊本の大地震でボランティア活動に参加する人たちが多い昨今、無私の精神でボランティア活動に身を捧げたメアリー・シーコールの生き方から教わるところ大であろう。本書は本邦初訳であり、時期を得た読み物である。(飯田武郎訳)
この記事の中でご紹介した本
メアリー・シーコール自伝  もう一人のナイチンゲールの闘い/彩流社
メアリー・シーコール自伝 もう一人のナイチンゲールの闘い
著 者:メアリー・シーコール
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月25日 新聞掲載(第3204号)
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