さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神 書評|笙野 頼子(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年9月18日 / 新聞掲載日:2017年9月22日(第3207号)

さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神 書評
静謐な印象の読後感   
多くの女性たちに送る連帯のあいさつ

さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神
著 者:笙野 頼子
出版社:講談社
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 このタイトルを見て何を思うかはともかく、何も思わない人はいないだろう。いかにも声高な政治的アクティヴィズムをイメージさせるタイトルである。事実そうした要素もある。が、読後感はむしろ静謐だ。その振り幅がそのまま、作品のスケールとなっている。

この作品が取り上げる問題の中心にあるのは執筆当時、交渉が進んでいたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)。作者はTPPが医療、食糧や労働まで、人々の生活すべてを解体し、グローバル企業に売り渡す「人喰い条約」ではないかと強い危機感を抱く。タイトルにある「戦争」は一般に言う戦争というよりも(もちろんそれも含むのだが)分断された個人、特に女性や病者などの弱者一人ひとりにそれぞれの形で襲い掛かる資本の論理の凶暴性を指す言葉である。

米国のトランプ政権が今年一月、TPPからの離脱を表明、条約発効のメドは立たなくなっているが、作者はTPPが頓挫しても、他の「人喰い条約」が襲来するだろうと警戒を緩めない。作者は本作中でデモにも参加する。大学の特任教授としての勤務もある。だが、ほとんどは自宅で、猫と共に濃密な時間を過ごしている。二〇一四年の『未闘病記――膠原病、「混合性結合組織病」の』で明かした長年の病の治療も続いている。

小説は、現在と過去が交錯しつつ展開する。例えばかつての「伴侶猫」ドーラの思い出。作者の外出や旅行を全力で邪魔した生前のドーラを作者は自分勝手な女王猫と思っていたが、その振舞いが膠原病を抱えた自分を守り、小説に集中させていたことに気づく。作者の小説はドーラと「一緒に書いてきた」ものだったのだ。一方、執筆時点の作者は、四匹飼った猫の最後の生き残り、ギドウと暮らしている。老いた猫の世話をしながら、料理を作り、台所で執筆する日々。

圧巻は作者が幼いころからの家族との生活を振り返る場面である。かつて女性として初めて共学化した国立大学に入学した母、会社を立ち上げ成功させた父、今は名医となっている弟。作者については言うまでもない。一人ひとりが人並み外れたものを持つ家族が集う食卓は、それゆえにか、いたたまれないような自我の衝突の場となっている。

中でも母親の存在は深い痛ましさを感じさせる。大きな庄屋の跡取りの座を捨てて父親と結婚した母親は、料理に打ち込み、当時珍しかった西洋料理を自力で再現し、地域の主婦に広めていた。誇り高く常に上から目線でものを言い、しかし他人には慕われていた。そんな母の作る手の込んだ料理を常に否定する父。両親の狭間にあって緊張を強いられ、双方から感情をぶつけられる作者。語られるのは一つの家族の歴史ではあるが、戦後日本の家庭が女性にとってどういうものだったかを鮮やかに照らし出している。

父親が留守のとき、母親は父親が嫌うハンバーグなどを作ってくれたという。「女が閉じ込められる場所とされる台所」で、母親は作者に、二次方程式から古い映画の粗筋まで、あらゆる知識を授けてもくれた。「ここで生まれて消えていくかけがえのない感動、いや、消えない、私が覚えているから」。生命の糧が日々作りだされる台所。多くの夢をはぐくみ、封じ込めもする台所。親が子に、多くを伝える台所、同時に、一人が一人でいることもできる台所。

多くの女性が台所で過ごした時間、積み重ねてきた思いは、数字に換算することはできない。だからこそ作者は、台所をグローバル資本主義への抵抗の拠点として位置づける。それは私的な領域に封じ込められて生きる多くの女性たちに作者が送る連帯のあいさつなのだ。
この記事の中でご紹介した本
さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神/講談社
さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神
著 者:笙野 頼子
出版社:講談社
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