吉本隆明 質疑応答集① 書評|吉本 隆明(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年9月18日 / 新聞掲載日:2017年9月22日(第3207号)

吉本隆明 質疑応答集① 書評
洗礼者ヨハネの含羞 
画期的で貴重な記録

吉本隆明 質疑応答集①
著 者:吉本 隆明
出版社:論創社
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吉本隆明氏が生前行なった講演は、記録としてわかっているものだけで三五一講演。多くの場合、講演に続けて、聴衆との質疑応答が行なわれた。その、質疑応答の部分を可能な限り集めて出版するという、忍耐のいる作業をやりおおせたのが、このシリーズ。編集は宮下和夫氏の手による。全七巻で、内容別にまとまっており、一巻目は「宗教」だ。

吉本氏も敬意をこめて言及していたように、宮下和夫氏は録音機を手に、吉本氏の講演に残らずと言っていいほどついて回り、音源を残した。そのおかげで記録が後世に残り、活字で読めるようになった講演がどれだけ多いことか。貴重な仕事だ。

講演録では収録されない場合が多い質疑応答を、今回まとめたのは画期的だ。なぜなら、質疑応答を通じて、用意した講演に対する吉本氏自身の態度(自信や、ためらいや、背後にある思いや、…)が明らかになるのはもちろん、「大衆の原像」にこだわり続けた吉本氏が、聴衆を前にした現場で、どのようにふるまったかも、手にとるように見てとれるからだ。後世の読者が吉本氏の像を立体的に描くのに、これほど有益な材料はない。

この巻に収録されているのは、一六の講演の質疑応答。いちばん多いのは親鸞についてで、六つ。良寛について、三つ。聖書(イエス)について、一つ。死生観や新宗教について、三つ、となっている。時期は、一九七七年から一九九三年に及んでいる。

両親や祖父は、浄土真宗の熱心な信徒であったという。そのこともあって、《学生の時から親鸞が好きでしたが、けっして信仰者ではないんです。》(五頁)日本の宗教的知性のなかでは、親鸞にとりわけ切実な関心を注いでいる。

吉本氏は、親鸞のどこに惹かれているのか。

吉本隆明氏はいう、《ほんとうに厳密な思想からいいますと、親鸞は死んだ後に浄土があるなんてちっとも信じていないし、そんなことはちっともいっていない。…だけど親鸞は、手紙のなかでしばしば、「死んだら浄土でお会いしましょう」と書いている。…普段言葉でそういっているんです…。》(九四頁)これを、《信と不信の境目がとれてしまうこともありうる》(六○頁)とも言い換える。親鸞は、浄土信仰の思想を考え詰め、《きわめて知識的な考え方の径路をつくってしまった。…これはすごいことだ。…真似しようにもしようがない。》(四七頁)これは、浄土信仰の解体だ、と吉本氏はいう。

この理解は、通常の浄土真宗の信仰と、まっこうから食い違う。真宗の信仰では、親鸞が信仰の根拠であり、それを根拠に、浄土への念仏往生を信ずる。浄土がなければ真宗の信仰は成り立たない。だが吉本氏は、親鸞はそんなことを考えていなかった、という。

親鸞のこのような読みは、近代的な読みである。イエスを、神の子でなく、「偉大な教師」(史的イエス)とみる、近代的神学の読みとも一致する。そして吉本氏は、この読みを徹底させて、日本のマルクス主義を解体し、大衆が生きるありのままの理想を、マルクス主義のドグマから解放する。親鸞の浄土信仰の徹底した解体の知的径路が《世界思想のレヴェル》(四七頁)で画期的だったように、吉本氏の思想も冷戦の解体を先取りしており、画期的だったと言えると思う。

氏の晩年、吉本隆明氏のこうした仕事をぜひ、欧米語に翻訳して世界に知らしめるべきだと、お勧めしたことがあった。吉本氏は、私のはそんなんじゃないよ、とやんわりと拒否された。私はその行き過ぎた謙虚さに、驚いた。いま思えば、吉本氏は日本の思想がまだまだ未成熟で、世界レヴェルに達していない。自分はその前進のための下準備をしただけで、いわば、イエスの前触れである洗礼者ヨハネにすぎない、と謙遜して位置づけたのだ。私は洗礼者ヨハネのダメ弟子のひとりとして、やがて来るはずのイエスを見つけられないでいるのだろうか。

この質疑応答集を読むと、集まった聴衆たちと共に語らいつつ、ときには自信に満ち、ときには首をかしげ、歩みを進める吉本隆明氏の個性が、たぐいまれなものとして際立っている。私は、吉本隆明氏こそ、時代を前に進めた「偉大な教師」(史的イエス)だと思いたい。
この記事の中でご紹介した本
吉本隆明 質疑応答集①/論創社
吉本隆明 質疑応答集①
著 者:吉本 隆明
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
吉本隆明質疑応答集②思想/論創社
吉本隆明質疑応答集②思想
著 者:吉本 隆明
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
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