京城のモダンガール 消費・労働・女性から見た植民地近代 書評|徐智瑛(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年8月12日 / 新聞掲載日:2016年8月12日(第3152号)

京城のモダンガール 消費・労働・女性から見た植民地近代 書評
都市を通して、女性を通して 日韓(朝)近現代史を学ぶための必見の書

京城のモダンガール 消費・労働・女性から見た植民地近代
出版社:みすず書房
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本書は、ある種の「日韓 (朝)近代女性史」といえる。著者徐智瑛氏の専門領域は広く社会史や文化史、また欧米文献をも駆使し、訳者の努力も貢献しているのであろう、日本語文献をも丹念に渉猟されているように見受ける。

一九二〇年代、日本で「モガ・モボ」の言葉が流行語になったことがある。モダンガール、モダンボーイの略語である。「モガ」に限っていえば、評論家新居格は、その特徴は自由であること、すべてのことを言葉と行動で表現できること、聡明で鋭い感受性をもたなければならない存在という。しかし徐智瑛氏は、男性知識人の視線によるモダンガールの範疇とは異なり、モダンガールはより幅広いものであったと指摘する。 

氏は、近代は都市形成と合わせ、生の形式を画期的に変換し、大日本帝国の植民地朝鮮に出来た都市は、近代的外観を纏っていても、欠乏と不均衡によって形成された植民地都市の典型という。しかし改造と文明の名のもとに押し寄せた近代は、伝統的な女性規範に嵌められ生きてきた女性の中に羅ケイ錫ら「新女性」の集団、仕事を求めて都市空間に出てきた「基層階級」(労働者農民階級)の女性など、近代の洗礼を受け、強固な因習、矛盾と葛藤との闘いを経ながら、「生のシナリオ」を全面的に新しく書く機会を齎す歴史的なものであったと指摘。

氏は、第一に都市を通して、女性の生がどのように異なる「物語」を紡いだか、第二に女性を通して都市へどのような形でアプローチし得るか、という二つの問いとはジェンダーを通して朝鮮の植民地近代はいかに記述され得るかという問いに繋がるという。植民地都市の首都京城は、植民者と被植民者との間に二重構造があり、「南村」(日本人町)と北村(朝鮮人町)の居住地の区分のみならず、インフラ整備、娯楽施設・遊廓の配置などの差異のみならず、日本人と朝鮮人の生活格差は植民地支配の深化とともに拡大した。

朝鮮のモダンガールは、女学生・新種職業女性・妓生・女給など諸階層の総称であり、教育の有無、社会的身分・階層上の基準ではなく、外面的な要素によって分類される。また「物的土台や文化的基礎、新しい生の哲学」をもとに自分たちの社会的勢力を形成するよりは、大衆的メディアの中で否定的なイメージとして冷笑的に消費されるともいう。

近代教育を受けた「新女性」が齎した大きな変化は、経済の主体としての女性の自覚であり、両親の強要で結婚させられることは「奴隷のように売られる」ことと見做し、慣習的結婚制度を「個性の抹殺と蹂躙」であると、新しい視点を開いた。二〇年代半ば以降、植民地朝鮮では経済的主体としての自覚を持つ「職業女性」の系譜が形成される。教師・医師・看護婦・アナウンサー・銀行員・保母・産婆や、電話交換手・バス車掌・タイピストほか紡績・製糸・煙草工場等の基層階級の女性労働者まで、「近代の公的空間」で労働し、報酬を受ける女性全般を意味する。紡績・製糸などの大工場に限らず農村から幼い少女を都市へと導き、親きょうだいの生活をも背負い苦心惨憺して糊口を養う、ゴム・精米・印刷などより規模の小さい工場に働く女工たちも加わる。彼女らの労働条件は劣悪であったものの、職場は「飢饉の悪魔」を追い払う避難所と見做された。

三〇年当時の女性の人口(約九六八万人)のうちの四%が都市に移住、労働に従事したものとみられ、地方からソウルへ上った女性たちは、「女工」になる場合を除くと、少なからず在朝日本人や朝鮮人家庭の家事使用人(食母(シンモ))になったり、カフェ・料理店のような遊興空間で自身の身体を労働の資産としたりするようになった。これは彼女らの身体が家庭の内外の親密性の領域に配置、商品として取引され、時に危険に曝される場におかれることと指摘する。カフェの女給は、とかく「性愛」視されがちであるが、ある女給は、「無知で常識に欠けた彼ら多くの男性に常識のカンフル注射、啓蒙の鞭を打つことが天賦の責任」と主張し、職業女性としての更なる自覚を訴えた者もいた。

著者は、宗主国日本に渡った朝鮮人女性についても言及するが、特に興味を惹かれるのは、済州島の女性たちである。済州島では一九一三年から一六年にかけて植民地当局による土地収奪政策によって、耕作も遊牧も可能であった共有地が「国土化」(植民地当局の土地)され、朝鮮全土の「国有化」の比率が二・八%であったのが、済州島では一八・八%に達し、絶対的窮乏のもとに追い込まれ、離農化・難民化が進行。生き抜くために島から多くの女性が日本へと渡り、特に大阪・神戸など関西地方の工場に移住、労働条件は、日本人女工と比較すると、より悪かったものの、「なにかを食べることができる、ただそれだけでも、朝鮮の農村を出て都市と帝国の工場に行く理由になる」、それは済州島、ひいては基層民の立場からうかびあがる「植民地近代の歴史」という指摘に評者も全く同感する。日韓近現代史を学ぶものには必見の書といえる。(姜信子・高橋梓訳)
この記事の中でご紹介した本
京城のモダンガール   消費・労働・女性から見た植民地近代/みすず書房
京城のモダンガール 消費・労働・女性から見た植民地近代
著 者:徐智瑛
出版社:みすず書房
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