南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語 書評|アリエル・ドルフマン(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 歴史・地理
  5. 戦争
  6. 南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年8月19日 / 新聞掲載日:2016年8月19日(第3153号)

南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語 書評
著者の人生分けたチリ軍事クーデター 英西両語の内なる苦闘を秘めた半生の記

南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語
出版社:岩波書店
このエントリーをはてなブックマークに追加
人生には分岐点がある。本書の著者ドルフマンにとっては一九七三年九月一一日のチリ軍事クーデターがそれだった。なぜか、それを読み解くのも本書の読み方の一つである。西語(スペイン語)国アルゼンチンの首都ブエノスアイレスでユダヤ系家庭に生まれた著者は幼年期にニューヨークに引っ越す。父親が国連に勤務することになったからだ。著者の実質的な人生はここに始まり、米国式英語が事実上の母語になる。だが一〇代に西語国チリの首都サンティアゴに移る。父親がマッカーシズムの荒れ狂う反共地獄米国を逃れ、サンティアゴの国連機関に勤務することになったからだ。同地で著者は大学に進み、西語に熟達、チリ人になる。その後、北米カリフォルニア州に留学、またも英語が第一言語として復活する。だが一九七〇年九月のチリ大統領選挙で社会党のサルバドール・アジェンデが人民連合(UP、人民戦線)統一候補として得票第一位になり、一〇月の国会内選挙で当選、一一月初め大統領に就任する。アジェンデを支持支援していた著者は、約三年間、政治的青春の桜花爛漫の目も眩むような輝ける時代を生き生きと生きる。西語はほぼ完全に著者の第一言語になりつつあった。だがアウグスト・ピノチェーらによるクーデターで一切の状況が暗転する。

UP所属の政党の党員だった著者はクーデター当日、大統領政庁勤務を仲間に交代してもらっていたため出勤せず、死を免れた。クーデターは政庁空爆に始まり、アジェンデは大統領を辞任せず、炎上する政庁内で戦った後、自害した。命の危険を察した著者は潜伏、ついにはアルゼンチン大使館に逃れ、ペロン復活政権下のブエノスアイレスに行き、後に米国に去る。クーデターから四三年、著者は七四歳になる。生い立ちからチリ政変までの三一年間を綴った自伝である本著を一九九八年に著した。英語でまず書き、自ら西語に創作的に翻訳した。本書は西語版の全訳である。「帝国主義米国の英語」と「従米的な南の諸国の西語」は著者の内部で恒常的に勢力争いを展開、物書きである著者は身を裂かれるような葛藤に悶えることしばしばだった。そんな人生は、居住地を転々と変える度に両語の反目を繰り返しながら、運命のクーデターの日に収斂してゆく。

著者はクーデター体験を踏まえた本書や戯曲を書いてきた。その演劇は日本でも上演されている。著者が先年来日した折、筆者はインタビューしたが、「クーデター後、知識人や芸術家がチリを去り、チリに知性の空洞が生じた。それが埋まることはない」と著者は語った。政変直後のチリを脱出し生き延びた著者は、死んでいった同志たちをも代弁するかのように書き続け、チリの外側から「知性の空洞」を埋めてきた。筆者はスペインでも「内戦(一九三六~三九年)でスペインに知性の空洞ができ埋まらない」という話を聞いた。ピノチェーはスペイン内戦の反乱軍司令官で独裁者となった総統フランシスコ・フランコに心酔、フランコが内戦後、敵や左翼を殺しまくったのを真似るかのように三二〇〇人もの人々を殺した。フランコファシズムは伏流水となって三四年後、チリで吹き出したのだ。

実は筆者はメキシコ市を拠点にラテンアメリカ全域を取材していた初期の記者時代、アジェンデ時代、七三年クーデター、その後の軍政、九〇年の民政移管、現代とチリを取材してきた。あの政変直後、戒厳令下のサンティアゴや近隣各地を夜間外出禁止令を気にしながら取材、毎夜機関銃音を聞いて悪夢に苛まれ、ひどい寝汗をかいていた。あのころ著者はサンティアゴのどこかに潜んでいたのだ。軍政は著者の著書を含む禁書を焚書していた。ドルフマンは捕まれば〈坑儒〉される運命にあった。本書を読み、今更ながら戦慄を覚えた。東京ではクーデター四三周年の九月からチリ人監督パトリシオ・グスマンのチリ政変ドキュメンタリー『チリの闘い』三部作が上映される。この映画は本書理解の助けにもなるはずだ。また本書を読めば、グスマン作品の背景を知ることができるだろう。(飯島みどり訳)
この記事の中でご紹介した本
南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語/岩波書店
南に向かい、北を求めて   チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語
著 者:アリエル・ドルフマン
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
伊高 浩昭 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
歴史・地理 > 戦争関連記事
戦争の関連記事をもっと見る >