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読書人紙面掲載 書評
2016年8月19日

後期の思想が明瞭に 戸坂潤研究にとって必読の文献


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本書は題名通り勁草書房版『戸坂潤全集』に未収録の論考30編を初出年代順に収めたものである。時代的には執筆が厳しく制約された1930年代後半から1940年代前半にかけての戸坂後期の諸論考からなっている。

まず、こうした全集未収録論文集を刊行された編者にたいして深い敬意を表明したい。未収録の論考について、編者はその所在を「網羅的調査」によって探り当てられた。また、ペンネーム(ALMおよび中野徹)で書かれた論考が戸坂のものであるとする推定根拠についても説得的である。

内容については、既に編者が解説で述べられていることの繰り返しとなるが、いくつか評者の関心から改めて紹介しておきたい。

一つは1937年、「準戦時体制」から「北支事変」(日中戦争)による「戦時体制」への大きな転換点にあって、その変化を的確に論じていることである。雑誌「セルパン」や「自由」などに書かれた論評において、新聞言論を取り上げながら、前年の二・二六事件以後、「政治的言論機関」としての機能を喪失し、「自粛」してしまったことを批判し、その社会的背景に「今日のような窒息ガスの充満している社会」のなかで、言論機関が「段々政治的な自由の観点から遠のいて行っている」という指摘は印象的である。

二つ目は、時代状況の悪化にもかかわらず、戸坂の民衆への信頼が揺らがないことである。また、その深い信頼が彼の批判に奥行を与えている。―「支配者の文化的思想的動向は、民衆の常識や信念から愈々離脱しつつあるのではないか。一九三七年上半期の日本の思想界は、吾々にこういう結論を齎すようである」と述べ、民衆の「常識」や「コモンセンス」への依拠を鮮明にしている。

三つ目は、同時に、支配層の政策のなかに矛盾を見いだし、そこから展望を切り開こうとする姿勢である。特にそのことは科学技術政策への対応の仕方に見られる。教育問題を論じながら、「師範的な徳育イデオロギー主義教育に対抗する生産技術教育は、どう間違えても科学的精神の教育を伴わずにはおかない」(傍点戸坂)と指摘し、科学的精神の展開に期待を寄せている。

最後、四十年代の論考で明らかになってくるのは、戸坂のイデオロギー論の成熟が確認できることである。「文化」の概念を軸にして、彼の中心的な諸概念が整理・統一されてくる。彼は「物の生産と人間の生産と意味の生産という、生産の三つのカテゴリーを大別」し、「物質的生産技術の重要性」について、「文化の各要素、各部門を、具体的に、歴史的に、研究し」、その重要性を「再認識」すべきことを説くに至る。この言葉には今日に通ずる含蓄がある。

以上、本書の特徴と思われる点を述べてきた。改めて確認すれば、戸坂の後期の思想が明瞭に伺えること、すなわち、戸坂の思想が発展していったことを、これらの全集未収録論文は語っている。こうした意味において、本書は戸坂潤研究にとって必読の文献であり、今後の戸坂研究において避けては通れない。

同時にまた、本書はたんに研究上において不可欠であるというだけでなく、戸坂を読もうとする人にとって、良い入門書となるであろう。ここには戸坂の思想に分け入るための、さまざまな入り口が準備されている。さらに言えば、そこには現代を考えるための示唆が見いだされよう。
2016年8月19日 新聞掲載(第3153号)
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