反原子力の自然哲学 書評|佐々木 力(未来社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年10月14日 / 新聞掲載日:2017年10月13日(第3210号)

反原子力の自然哲学 書評
「原子力」を「哲学」でとらえる 
「文化相関的科学哲学」を提唱

反原子力の自然哲学
著 者:佐々木 力
出版社:未来社
このエントリーをはてなブックマークに追加
「反原子力」というのは、大きく分けてふたつのレヴェルから論じられてきたように思う。ひとつは、広島や長崎への原爆投下、あるいはビキニ水爆実験と「死の灰」のもたらした凄惨な被害を受け止めたときに、ほとんど本能的に生じる倫理的な反発にもとづくもの。慟哭を隠さず、しかしどこか静かな文学作品の告発も、これに属すであろう。もうひとつは、――むろん、心情的に前者と峻別され得まいが――原子力の危険性を検証し、警鐘を鳴らしてゆこうとするもの。武谷三男編『原子力発電』(岩波新書)など、これらに橋を渡した古典的啓蒙的著作であろうが、そこで半世紀近く前に指摘されている原発の危険性が、ほとんどそのままの形で悲惨な事故に至ったことを、こんにちのわたくしたちは知っている。チェルノブイリと福島――歴史は、繰り返された。つねに、悲劇として。

本書『反原子力の自然哲学』は、そのなかにあって、「哲学」をもって横断的に両者の「論理と心理」をつなぎ、更に新たな視座を提供する労作である。

しかし読者は、性急に、反原子論的な自然哲学による、また現代科学技術否定による反原子力の素朴な議論を期待してはならない。むしろその真逆で、最先端の科学的立場に立つがゆえに、統御不可能な原子力には反対の見地に当然達するというのが著者の立論の前提である。近代科学の淵源を、17世紀、ベイコンによる機械論的な自然観に求めつつも、著者はその結果としてのいわば「負の遺産」をもまたベイコンにのみ帰すものではない。不自然・反自然的な「ウルトラ・ベイコン主義的科学」として原子力テクノロジーを性格づける論理展開は鮮やかである。そうして、かかる「死のテクノロジー」をば、エルネスト・マンデルを援用しつつ、現代の「自然に敵対する帝国主義」として定義、批判した著者は、「環境社会主義」を訴える。そのモデルとして、「国民総幸福」(=GNH)を謳うブータンを挙げる。何が幸福かという指標をさえも失ったことを現代社会の深い病弊と思うとき、これは些か単簡な見方と映らぬでもないが、かつてcommunismの訳語を「共主義」ではなく「共主義」とすることを唱えた著者なれば、この問題をめぐっては今後、更なる考察が期待される。

さて、本書で著者が提唱するのは、「文化相関的科学哲学」という新たな概念である。クーンの歴史的科学哲学が、通時的な西洋の科学発展の考察であったのに加え、東アジアという地理的・空間的に異なった世界の科学的営為にまでその方法を拡大、適用しようという試みだ。一見、本書の表題から外れるかのように思われる中医学の知についての豊富な考察や、『荘子』の自然哲学への共感は、こうした新たな自然哲学を構築しようとする壮大な企図への裏付けをなしている。著者は元来『デカルトの数学思想』すなわち17世紀数学史を専門とする「学徒(アカデミッシャン)」であると自己規定する。しかし、やがて広範に科学・科学哲学史についても浩瀚な著作をものし、トロツキイに立脚しつつマルクス主義の現代への復権について明快かつ刺激的な議論を展開してきた著者の、その思考体系が、「原子力」という焦眉の問題を前にして噴出し、凝集されてゆく迫力を、わたくしは本書を読みながら覚えずにはいられなかった。

自身宇品で被曝しながらも、その経験を公にすることに生前積極的でなかった丸山眞男は、原爆に起因するあらゆる被害が絶えない現状を指して、「原爆は毎日落ちている」、「広島は毎日起こりつつある現実で、毎日々々新しくわれわれに問題を突きつけている」と語った。長崎も、ビキニも、チェルノブイリも、福島も然り。つねに、いま・ここでの問題としてわたくしたちに迫っている。その意味で、わたくしたちはいつでも前衛の位置にある。そこで考え、行動するときに、「哲学」なるものが机上の空論などではありえないことを、本書は示してくれるだろう。
この記事の中でご紹介した本
反原子力の自然哲学/未来社
反原子力の自然哲学
著 者:佐々木 力
出版社:未来社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
佐々木 力 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
科学・技術 > 原子力関連記事
原子力の関連記事をもっと見る >