第53回谷崎潤一郎賞 第12回中央公論文芸賞 贈呈式 松浦寿輝『名誉と恍惚』 森絵都『みかづき』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年10月20日

第53回谷崎潤一郎賞 第12回中央公論文芸賞 贈呈式
松浦寿輝『名誉と恍惚』 森絵都『みかづき』

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松浦氏㊧と森氏
十月十一日、東京都千代田区のホテルニューオータニで行われた贈呈式では、第五十三回谷崎潤一郎賞は松浦寿輝氏『名誉と恍惚』(新潮社)に、第十二回中央公論文芸賞は森絵都氏『みかづき』(集英社)に賞が贈られた。谷崎賞については選考委員を代表して、堀江敏幸氏が講評した。
「谷崎賞は純文学の大きな賞ですが、『名誉と恍惚』はエンターテインメントの要素もあり、谷崎の中の全てのジャンルを一冊に閉じ込めたような作品だと思います。舞台は一九三七年から二年程の上海で、主人公は朝鮮人と日本人のハーフ、境界線に立つ人物です。物語と詩と評論と思想の間をぬっていく、そのような小説です。詩人でもある松浦さんの、詩そのものと言いたくなるような描写がそこここにあり、あるいは人物を描くときには、『川の光』のような、冒険活劇の流れに乗って行く。ふとみると、自然描写がそのまま批評行為になっている。たくさんの入口の、どこから入っても流れに乗って、最後まで連れて行かれる。最も不思議なことは、作品を読んだ後、大きな充足感を味わうと同時に、映画のフィルムが全て終わって空回りしている白い画面を見ているような、寂しいというのか、自発的に物語に乗って行く愉しみと、最後まで操られていたという悔しさもある。さらに、上海を舞台とした歴史小説のような顔をしながら、言葉だけで上海の幻を描き切った、という感じもするのです。本として重量があるし、作品も重厚ですが、中が空洞の、言葉でできた工芸品のような感じがします」
名誉と恍惚(松浦 寿輝)新潮社
名誉と恍惚
松浦 寿輝
新潮社
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受賞者の松浦氏は「谷崎潤一郎は生涯に二度外国旅行をしています。それはどちらも中国への旅行です。最初は一九一一年に、朝鮮、満州、北京、南京、上海、広州を旅行して、ひと月半ほど滞在し、その体験を元に「西湖の月」や「秦淮の夜」などの短編小説、「蘇州紀行」という紀行文を書きました。その八年後の一九二六年一月からは、上海だけにふた月滞在して、そのときの体験は「上海交遊記」「上海見聞録」と、二つ長いエッセイを書いています。当時上海の日本租界に内山書店という日本語の本屋があって、日中の文化人や文学者の交流の場になっていたのですが、そこの内山完造さんに、郭沫若など何人もの中国の作家や詩人を紹介され、その交友の様を、うれしそうな筆致で谷崎は書いているのです。

中でも一番谷崎らしいのが、「秦淮の夜」という短編で、これは南京の秦淮河のほとりにある娼婦の置屋を一夜へ廻って、相当あけすけなことを書いている。この作品は谷崎の真骨頂ではないかと思っています。

谷崎や横光利一が、中国体験をした大正期から昭和初年代は、まだのんびりした時代だったと思います。私の書いたのは昭和十二年から十四年、日中戦争も始まって、日本側も中国側も切迫した危機感の中にある、そういう状況でしたが、昭和十六年のパールハーバー以前は、第二次上海事変や南京事件もあり、過酷な闘いが繰り広げられているにも関わらず、上海自体はぽっかり真空地帯のようだった、不思議な時期です。その辺りを舞台に書かれた小説は、手前味噌ですが、これまでなかったのではないかと思います。上海と縁があった谷崎潤一郎の名が冠された賞を受賞することになり、「名誉と恍惚」の中におりますし、谷崎の作品と縁ができたうれしさも感じております」
みかづき(森 絵都)集英社
みかづき
森 絵都
集英社
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中央公論文芸賞は、選考委員の中から林真理子氏が代表して講評を述べた。「『みかづき』は四六〇頁の大作です。誠実で緻密な文体は、「教育」を表現するのにぴったりの文体だと思います。鹿島茂選考委員は、サクセスストーリーと、少子化や塾の衰退といった社会問題を扱う社会小説と、二つからなっている、と批評されました。作家にとって一番大切なことは、私は愚直ということだと思います。資料を調べる、色々な人の話を聞く、とにかく完成に向けてコツコツ書いていく。こういうことを森絵都さんは直木賞をおとりになって十年の間に、身につけられたのではないか、とうれしく思っております」

森氏からの受賞の言葉は「『みかづき』は初めての、何代かにわたる長い家族のドラマを描いた小説で、初めての長編連載だったので、緊張して取り組みました。取材先では、会う方、会う方、情熱的に協力してくださり、おかげで初めは小説の素材でしかなかった「教育」というものが、熱を帯び、血の通ったものになっていった気がします。最後の章で、ボランティアによる学習支援の話が出てくるのですが、書くにあたって、「キッズドア」という団体の代表をされている渡辺由美子さんに取材したいと担当者に相談したところ、偶然にも、担当者が大学時代に当団体でボランティアをしていたと。おかげでトントン拍子に話が運び、これ以上ない環境のもとで取材をさせていただくことができました。縁やめぐり合わせは、人間の手に負えない、計り知れない力を持っていると感じたと同時に、『みかづき』という小説は、運の強い小説なのかもしれない、と感じました」

その後、中央公論新社代表取締役社長挨拶では、出版に対する深い思いが語られ、祝賀会へと移行した。
この記事の中でご紹介した本
名誉と恍惚/新潮社
名誉と恍惚
著 者:松浦 寿輝
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
みかづき/集英社
みかづき
著 者:森 絵都
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年10月20日 新聞掲載(第3211号)
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