おクジラさま   ふたつの正義の物語 書評|佐々木 芽生(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年10月21日 / 新聞掲載日:2017年10月20日(第3211号)

「心の内」の正体を探す 
本書が示したものは「敵対」や「憎悪」を煽る物語ではない

おクジラさま   ふたつの正義の物語
著 者:佐々木 芽生
出版社:集英社
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本書筆者の佐々木芽生は、映画『ザ・コーヴ』のアカデミー賞受賞と、その後の日本での上映中止騒動に触発されたのが、映画『おクジラさま』の制作のきっかけだったという。

2010年に起きた、映画『ザ・コーヴ』を巡る騒動時には、多くのメディア関係者たちが発言をした。そして、考えた。私もそうだった。映画の舞台となった和歌山県太地町も何度か訪れて、畠尻湾の入り江(英語で「コーヴ」と言う)で行われるイルカ漁も垣間見た。

だが、イルカ漁と太地町の「当時」と「その後」を、ずっとカメラで追ったのは、佐々木だけだったのかもしれないと、本書を読み終えて実感する。

映画の方の『おクジラさま』は、元AP通信記者のジェイ・アラバスターが、物語の軸になっている。彼は同町で暮らしながら、太地町の「その後」を追った特筆すべき人物だ。一方で、本書の方はジェイが時折登場しつつも、イルカとクジラを巡る歴史背景と様々な視点を軸に、佐々木が現場で右往左往していく経緯もつづられている。
「私にとってドキュメンタリー映画制作とは、自分の心を動かすものの正体を探すために旅に出るようなものだ。」と佐々木は言う。
だが、彼女はイルカやクジラに心を動かされたのではない。イルカやクジラに様々な思いを寄せる人たちの「心の内」に動かされ、その正体を探したのだろう。そこには相反する様々な「正義」「感情」「価値観」「排除」「主張」「無視」が渦巻いていた。「理解」や「共存」には、なかなかたどりつかなかった。

それでもなお、佐々木が撮影した映画とともに、本書は恐らくイルカとクジラを巡る人間の「あらそいごと」に、何らかの“通り道”をつくったと言える。

もし、佐々木の映画や本書が『ザ・コーヴ』のカウンターや、“逆コーヴ”のような構成や物語になっていたら、恐らく「正義の争いの中に舞い込んだ、また別の正義の物語」としかならなかったであろう。
「自分の作品が太地町のためになる、という驕りは捨てなくてはならない。この映画は、あくまで私の勝手な思いで作っているだけなのだから。」と、撮影の半ばで思った佐々木だったが、それは決して“バランスの取れた映画”を目指したのではなかった。

しかし、最終的に出来上がった映画と本書は、ある意味でバランスが取れているとも感じる。それは「公平」「中立」といった意味ではなく、「反」や「逆」でもない。イルカやクジラに対して、様々な別の思いを寄せる人たちを、一つの映像物語を通じてバランス良く、様々な視点で「解きほぐした」のではないか。

もちろん、何かの「和解」「解決」を導き出したのではない。だが、それでも、この映画や本書が示したものは、それまでの「敵対」や「憎悪」を煽る物語や映像ではなかったことは確かだ。

イルカやクジラに関わる人たちの様々な正義や価値観の「心の内」を、佐々木は深い入り江まで静かに招いて、社会に解き放ったのかもしれない。(敬称略)
この記事の中でご紹介した本
おクジラさま   ふたつの正義の物語/集英社
おクジラさま   ふたつの正義の物語
著 者:佐々木 芽生
出版社:集英社
以下のオンライン書店でご購入できます
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