ハイデガー『存在と時間』入門 書評|轟 孝夫(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年10月21日 / 新聞掲載日:2017年10月20日(第3211号)

キリスト教神学のモチーフを取り出す 
『存在と時間』入門を超える入門書

ハイデガー『存在と時間』入門
著 者:轟 孝夫
出版社:講談社
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著者の轟氏から、ここ数年の年賀状に、「今キリスト教神学と対決しています」という言葉が添えられていたことに不思議に思っていた。本書を送っていただき序文を読んだときに、その疑問が氷解した。著者は、ハイデガーの『存在と時間』の中に潜んでいるキリスト教神学のモチーフを取り出すことによって、より深くこの二十世紀最大の哲学書であり、最も難解な書物の意味を理解しようとする意欲的な試みをしていたのであった。

実は、評者は、ハイデガーの思索の中のキリスト教神学のいくつかのモチーフを取り出すことによって、<形而上学の克服>の作業ができると主張してきたのであるが、『存在と時間』というハイデガーの主著については、扱ってこなかった。轟氏は、今回『存在と時間』という一見するとキリスト教のモチーフのあまりない著作について、そこにキリスト教神学のモチーフが潜んでいることを闡明しようとしている。それによって特に『存在と時間』の本来性と非本来性との区別が理解可能となると主張する。

つまり本書の主要な主張の一つは、『存在と時間』という著作は、キリスト教教義学の実存論的な捉え直しであるという見解である。例えば、「恐れ」という情意の復権は、キリスト教神学、ルターのパトス論から、再度アリストテレスを読み直した結果だという。そして著者にとって最大の謎であった本来性と非本来性との区別も、聖書の原罪論から、また本来性を取り出すことのできる「死へと関わる存在」の分析は、パウロの言葉やカルヴァンの『キリスト教綱要』の分析から獲得されてきたと主張する。

しかし本書は、以上の主張だけで成り立っている書物でもない。轟氏は、『存在と時間』が第一部第二篇までしか書かれず、未完の書物であることの理由を探究するという作業を最終章で展開する。この主題解明の努力は、著者の一冊目の著作『存在と共同』(法政大学出版局)から受け継がれていて、轟氏は、その解明によってこそハイデガーの「存在」という意味が分かってくると主張している。

著者は、結局ハイデガーが、『存在と時間』を刊行するにあたって、印刷をストップさせて原稿を書き換えたり、最終的に第一部第三篇と第二部の執筆を挫折した理由を以下のように説明している。ハイデガーは、『存在と時間』で「存在の意味は時間である」というテーゼを論証するのであるが、そこで存在を「現前性」とする伝統的存在論の理解を破壊して、「存在の意味」を現在の地平だけでなく、「将来」と「既在」の地平も含んだものと理解しようした。そのような「存在一般の意味としての時間」の理解は、カントの図式論から着想したのであるが、既刊の部分の人間の生の意味を分析する現存在の実存論的分析、つまり超越論的な地平図式で語られる基礎存在論の考察と矛盾するようになっていった。著者は、その両者のモチーフのせめぎ合いの中で『存在と時間』は、未完の著作となったと主張する。

評者は以上のような分析の意義を認めるものである。しかし一つ付け加えるとすると、この『存在と時間』が未完となって、一九三〇年代以降の思索へと繋がっていくときの<形而上学の克服>のモチーフ、つまり存在を現前性と理解する伝統的存在論への批判と克服、そのための存在の真理、また性起の思索の獲得も、キリスト教神学から得られているという点である。

しかし本書は、あとがきにもあるように、マールバッハ文書館の資料で裏付けを取って、『存在と時間』の刊行の前史を確定した上で、この書と粘り強く格闘して、長年感じていた疑問に答えを出そうとした産物である。また、日本人の研究者があまり得意ではないキリスト教神学の問題に踏み込んで理解しようとした意欲的な著作である。本書は、良き入門書であると同時に、入門書を超えて『存在と時間』の成立と未完に終わったことの議論の理解のスタンダードを呈示していると思われる。
この記事の中でご紹介した本
ハイデガー『存在と時間』入門/講談社
ハイデガー『存在と時間』入門
著 者:轟 孝夫
出版社:講談社
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