「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本― 書評|苅部 直(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年10月21日 / 新聞掲載日:2017年10月20日(第3211号)

新たな発見と理解の喜び 
知的な興奮との遭遇

「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本―
著 者:苅部 直
出版社:新潮社
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明治維新は、単なる復古ではなかった。苅部直『「維新革命」への道』(2017年)によれば、それは「維新革命」であった。「維新」という語自体は『詩経』に由来するものであり、殷から周への王朝交代を周王朝に新たな天命が降ったものとして表現する、革命に近似する語であることに著者は注意を促す。著者はまた、福井藩お抱えの学者としてアメリカから来日したW・E・グリフィスや新日本の歴史として『新日本史』(1891~1892年)を著した竹越與三郎らのように、この出来事を革命と呼んでいた人々がいたことも指摘する。政治と社会の両面にわたる急激かつ根本的とも言える変化をもたらした明治維新は、彼らにとって、革命としか表現しようのない事件であった。

しかしまた、明治維新は、外圧によって突如押し付けられた単なる西洋化でもなかった。本書が強調するのは、明治維新が達成した出来事の多く(教育制度や「病院・幼院、聾唖院」、議会制度など)は、実は江戸時代を生きた人々が徐々に醸成してきた価値観からしても肯定すべき事柄であったという理解である。江戸時代の思想と文化の中に、近代西洋の思想を理解し共感できる要素が既に存在していたからこそ、それらは庶民にまで浸透し定着し得た。西洋化と理解されてきた事柄は文明化として理解すべきものであり、それは江戸時代の人々自身が希求し続けていたものだったのである。「和魂」と「洋才」とを相容れないものとして捉える「「和魂洋才」の罠」、明治国家のエリートによって上から無理矢理進められたものとして近代化を捉える「「民衆不在」の罠」から離れてみれば、明治維新は、江戸時代からの連続性において理解できるという。

以上のように、以前から進んでいた社会と思想の構造変化を跡付け、江戸から明治を貫く19世紀史という大枠の中で明治維新を理解しようという点に本書の特徴がある。注目したいのは、江戸の思想家達についての著者の眼差しが、近代日本の現実に直結するものとして操作されてはいないことである。江戸時代において既に、富の追及や経済活動、競争を肯定する視点や、ある種の進歩史観が芽生えていたこと、廃藩置県によって実現することになる郡県制こそを是とする議論が展開されていたことなど、明治維新につながり得る要素があったことを指摘する一方で、それとは逆の主張があったことにも肯定的に言及するなど、著者は当時の論争状況を的確に再現することに意を用いている。江戸と明治の連続と聞けば、明治維新を歴史の必然だったと早合点したり、西洋化抜きに文明化し得たはずのものとして日本を誇るという姿勢を後押しされた気分になるかもしれない。しかし、著者が丹念に跡付けた江戸の思想家達の軌跡は、決して明治維新や日本近代に結びつくように意図されてはいないのである。そこには、我々が経験したものとは異なる近代化の経路や、様々な文明化の可能性が内包されていたように思えてくる。19世紀日本の思想史は、別の近代化を構想することや、序章におけるハンチントンを踏まえた議論のように、現在の世界の文明をも再考するための材料に満ちたものとして提示されているのである。

最後に、本書の特徴のうちの一つとして、「興味ぶかい」「おもしろい」というフレーズに言及しておきたい。取り上げる多くの史料、研究書のほとんどを、著者は好意的に扱う。その全てを肯定しているわけではないのだろうが、良質な部分、有意義だと判断した部分にこそ著者は反応し、「興味ぶかいのは…」「…としているのはおもしろい」と述べ始めるのである。このような姿勢こそ、本書と類書とを分ける大きなポイントかもしれない。無理を承知の説教や諦めと結び付いた嘆き、自説を補強するための歴史利用、他者に対する声高な批判などから遠く離れたところで展開する本書の議論によって、読者は、新たな発見と理解の喜び、知的な興奮とを味わうはずである。
この記事の中でご紹介した本
「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本―/新潮社
「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本―
著 者:苅部 直
出版社:新潮社
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