もはや宇宙は迷宮の鏡のように 書評|荒巻 義雄(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年10月28日 / 新聞掲載日:2017年10月27日(第3212号)

もはや宇宙は迷宮の鏡のように 書評
「死後小説」として描かれる壮大なポストヒューマニズムの「前史」

もはや宇宙は迷宮の鏡のように
著 者:荒巻 義雄
出版社:彩流社
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荒巻義雄とは、今年七月に亡くなった山野浩一に並ぶ、日本における思弁小説(スペキュレイティヴ・フィクション)の立役者だ。山野浩一は、古典落語で描かれたような死後の世界すらもまた、ソーシャル化した感性に席捲されてしまっている現代の悲喜劇を描く「地獄八景」(二〇一三年)を残した。生前に書かれた「死後文学」という点において、主人公・白樹直哉の臨終から始まる本書と見事な共振を見せている。

まず、このことを指摘したうえで、本書の成立経緯を振り返ってみたい。位置づけとしては、荒巻の初長編となる『白き日旅立てば不死』(一九七二年)や、続編の『聖シュテファン寺院の鐘の音は』(一九八六年)に連なる三部作の完結編にあたる。〈異界〉への神秘的な巡礼行を描いた前二作は、『定本荒巻義雄メタSF全集』(全七巻+別巻、二〇一五~一六年)で再刊がなされた。この『全集』は、商業主義ではなく批評が主導する形で奇跡的な盛り上がりを見せた点が特筆に値する。

ところが、保守的な体質が抜けない日本SF界は、その意義を必ずしも充分には評価しなかった。『全集』は第三六回日本SF大賞の最終候補となったものの、「出版企画」だからと選考委員に軽んじられ、受賞に至らなかったのだ。一八〇冊を超える単著を出してきた八四歳の荒巻が、これまでSFで受けた賞は、第三回星雲賞日本短編部門(一九七二年)、ただ一つきり。「荒巻義雄はもう古い」とする風潮があるのかもしれない。

そこに、驚くほどの瑞々しさをもって認識の変容を促す野心作が、この『もはや宇宙は迷宮の鏡のように』なのである。もとは印象的なタイトルのみが知られていた作品で、荒巻も没後出版と公言していたのだが、予定が繰り上がって全貌が露わになった。

文体は独特のリズムを有する。白い鬱、次元の正午、賽の一振り……。自身のメタ俳句「臨終とは河口のこと涅槃西風(ねはんにしかぜ)」が引かれるように、『全集』でのモチーフが接続因子となって、新たな連想を呼び寄せていく。『全集』にも参加した英文学者・高山宏が展開したマニエリスムの論理で話が進む。ジョン・ノイバウアーが提唱した「アルス・コンビナトリア=関係結合的に世界や現象や事物を見ていくということ」が、実践に移されたのだ。ジャンルとしてのSFをマニエリスムの観点から上書きせんとする、強固な意志力が発揮される。

読み味は不可思議だ。驚くほど斬新なヴィジョンが展開されるかと思えば、現代思想のジャーゴンを無造作に投げ出したかのように見える部分も少なくない。この点、第四六回北海道新聞文学賞(詩部門)を受けた詩集『骸骨半島』(二〇一一年、『全集』所収)にも通じる、超ジャンル的な「詩」として書かれていると見るべきだろう。それでいてリーダビリティは高く、ノベルズの執筆で鍛えられたストーリーテリングが遺憾なく発揮されている。ディレイニー『アインシュタイン交点』(一九六七年)を彷彿させる書法の一方で、ワイドスクリーン・バロックの〈ビッグ・ウォーズ〉(一九七八年~)より超コンピュータ、〈火星のアトランティス〉(二〇〇六年~)より宇宙エレベーターの設定も取り入れられ、作家の総決算という佇まいすら有している。

死後の世界とは、肉体の束縛から解放された状態を意味する。そのことを逆手に取り、宇宙工学のみならず心理学、現象学、認知科学、量子論といった分野が「情報」の観点から縦横無尽に架橋されていく。神智学的な「知」すらも否定されない。既存のSF評論、藤元登四郎や評者の言説もまた、いつのまにか構成要素となっている。そうすることで本書は、人間という存在そのものが、集合的なネットワークとしてのポストヒューマンへ進化する人文科学的な「前史」を提示しようとしているのだ。行き着く果てはどこなのか、固定観念に囚われていては見極められない。ヒューマニズムを更新するために必要な、想像力のあり方が問われている。
この記事の中でご紹介した本
もはや宇宙は迷宮の鏡のように/彩流社
もはや宇宙は迷宮の鏡のように
著 者:荒巻 義雄
出版社:彩流社
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