彼女たちの文学 語りにくさと読まれること  書評|飯田 祐子(名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2016年8月26日

「彼女たち」に潜む微妙な差異 複数の問題系を見事に論じた書 

彼女たちの文学 語りにくさと読まれること 
出版社:名古屋大学出版会
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書店の配架は興味を引く。そこに立てば次々と連想が湧き、執筆意欲が〓き立てられるユニークな配架の書店と出会ったことがある。一方で「女性文学」とプレートを掲げた書店もひところは見られた。そのようなカテゴライズのされ方に、異議申し立てをした現代作家もいた。分類は難しい。そもそも一つを掴み出して理解しようとする行為そのものがいまや無効となり、零れ落ちていくものにもまなざしを向けなければ、その知は成り立たなくなっている。本書は「女性」というキーワードを「彼女たち」という複数に変換し、定義づけられていくうちにスライドしていく複数の差異に注目し、「女性」というカテゴリーに組み入れられた作家の「問題」を分析していく書である。女性作家の女性という記号も文化的なカテゴリーとして文学場において機能してきたと著者はいう。

本書のねらいを、〈女性作家〉という立場で書かれた作品に共通してみられる構造をジュディス・バトラーのいう応答性(発話と同様、書くことも何かに対する応答)と被読性という点において取り出すこと、女性としていかに書いたのか、あるいは女性にとって書くことはどのような行為であったのかを論じていくとしている。まず論じるにあたって前提としている知見を急ぎ足で紹介しよう。

「女性」は本質的なものではなく再生産されるものであり、再生産されなければ、言葉も意味も消えていく。女性というカテゴリーの再生産の在り方は多様であり、様々な差異によって重層的多元的に構成されている。また、女性の経験は意味付け、語る中で再生産されていく。社会的・歴史的・文化的文脈の中で配置されている〈主体〉を、動的で不安定なものとして捉え、語る主体の立ち上げを理念としたかつてのフェミニズム批評を批判的に継承し、語る主体の不完全性に応答可能性を読み込み、女性文学という枠組みで読むことの今日的意味を提示する。

なるほどこのような枠組みで論じていくのかと身構えて読み進めていけば、著者も抱える女性として書くことの痛みもほの見えてきて、次第にうなずきながら引き込まれていく。

具体例を少し挙げよう。田村俊子「女作者」(一九一三年)は、同時代の男性作家が自分を書く、つまり自己表象が小説でなされたのに比して、書くという行為が言及されず、「書けない」ことそのものが書かれている作品である。男性の場合は書けないことを現在の自己に向けて書いていくが、それと対照的に、女性の場合は育児や家事、創作とは異質な生活雑事によって書けない理由を誰かに向けてする。田村俊子は、ただあるがままに書けない状況を描出し、そこに書くことの意味を見出していくのだ。書く上であて名を持たないことがいかに女性を伸びやかにしていくか。「女作者」の屹立点はここにあったのか。

読まれることの関係性の中で書かれていくこと、この網目も男女では異なっていると著者は説く。男性作家たちの自己生成小説の性向が、作家に自己を見つめることを許す同質の読者共同体によって支えられているのに、女性作家にはこの読書共同体はなく、女性らしさを期待する読者、逆に性道徳を逸脱した奔放さや官能性に窃視的な欲望を向ける読者など、「彼女たち」が寄せる期待や欲望は多種にわたり統一されることがない。賢母、良妻、主婦、女学生…、近代に入って「女性」の中に複数のカテゴリーが生まれたからだ。本書では一八八五年創刊の「女学雑誌」で、どのような読者共同体がつくられていったのかが解き明かされている。その鮮やかな手さばきは雑誌分析の一つの模範ともいえよう。

吉屋信子と林芙美子の一九三八年の従軍記に見える微妙な差異の抽出も興味深い。彼女たちの言説をめぐる評論もどこに焦点を当てるかによって微妙に評価が揺れる。しかし、同時期に書かれた火野葦平「麦と兵隊」にはその揺れがないと指摘する。とりわけユニークなのは林芙美子である。従軍記であるゆえに吉屋は日本の正しさに一直線に向かうが、林は「どこにも向かっていない」と本書は断じる。応答性と被読性を軸に読む場合、この作家の分析は手ごたえを感じることだろう。

多岐にわたるテクストに言及されており、その全貌を紹介するのは紙幅の上で難しいが、複数の女性たちの言説、そして女性をめぐる複数の問題系を見事に論じた書である。「彼女たち」に潜む微妙な差異を目の前にして、彼女たちの文学にますます興味は掻き立てられる。
この記事の中でご紹介した本
彼女たちの文学  語りにくさと読まれること /名古屋大学出版会
彼女たちの文学 語りにくさと読まれること 
著 者:飯田 祐子
出版社:名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年8月26日 新聞掲載(第3154号)
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