太宰治ブームの系譜 書評|滝口 明祥(ひつじ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2016年8月26日

広範な射程で津島修治没後の〈太宰治〉現象を描き出す

太宰治ブームの系譜
出版社:ひつじ書房
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〈太宰治〉とはいったい何者なのか?
青森県金木町出身の津島修治が自身の小説家の仮面(ペルソナ)として名付けたこの名前は、日本の近代文学を代表する作家として現在広く知られ・その著作は多くの読者を魅了し、今なお作者・作品ともに盛んに研究が積み上げられている存在である。

さて、本書のアプローチはいわゆるオーソドックスな作家研究や作品研究とは大きく異なり、太宰治=津島修治が自死した地点から始められている。「はじめに」では、生前の太宰が飛び抜けたベストセラー作家では無かった事実を示し、「太宰治が人気作家となったのは、いつなのか」という問いを立てている。つまり、本書の狙いは津島修治の死後に〈太宰治〉がベストセラー作家になっていく過程や現象を分析することにあり、津島修治の人となりや残した作品だけを見ていては捉えることができない、〈太宰治〉という現象を理解するための重要な手がかりを与えてくれる。そしてそれは冒頭の問い――「〈太宰治〉とはいったい何者なのか?」――についても重要かつ貴重な示唆を含んでいるだろう。

本書の第一部は戦後の十五年間を対象とし、愛人との心中というスキャンダルを発端とする第一次太宰ブームや、一九五五年の筑摩書房版『太宰治全集』の成功が象徴する第二次太宰ブームを取り上げ、その担い手である編集者や評論家・作家などを描き出す。太宰作品の愛読者である吉本隆明や奥野健男といった評論家、そして太宰との近接性が語られる〈第三の新人〉の作家たちなど、太宰ブームを形成する人々の姿が点綴されるさまは、まるで太宰治を軸とした戦後文学史の一側面が示されているようである。

第二部は『太宰治全集』にスポットを当て、戦後の太宰治にかかわるメディア的状況が考察される。太宰の生前である一九四八年四月に刊行がはじまる最初の全集・八雲書房版『太宰治全集』は、太宰自身がその構想に深く関わった全集であり、ほぼ同時期に太宰が編集として関わっていた筑摩書房の『井伏鱒二選集』との関係について、太宰と井伏の確執も含めて言及されており、興味深い。

第三部では高度成長期に教科書や読書感想文においてその作品が定番教材となり、ベストセラー作家として定位されていく〈太宰治〉の姿が論じられ、終章では、その後現在においても人気を保ちつつ、多彩に受容され、表象されていく〈太宰治〉が確認されている。

広範な射程で津島修治没後の〈太宰治〉現象を本書は描き出すのだが、とりわけ興味深いのは学生運動家たちに人気を博していく太宰作品の姿である。他にも共産党系の編集者から太宰作品が愛読されていたことが述べられるなど、本書のなかで社会思想と太宰治現象が切り結ぶ局面が散見されるが、太宰治(津島修治)が学生時代に左翼運動に従事していた履歴を考えたとき、戦後のこのような読者のあり方と受容のされ方は重要だろう。いまだあまり言及されない彼の若き日の左翼運動とその作品の魅力の関連が、戦後の読者や受容のあり方によって見えてくるのかもしれない。戦後の文学(文壇)史・メディア・社会という問題から〈太宰治〉を考察した本書が、今後どのような新しい〈太宰治〉とその作品の姿を開いていくか期待したい。
この記事の中でご紹介した本
太宰治ブームの系譜/ひつじ書房
太宰治ブームの系譜
著 者:滝口 明祥
出版社:ひつじ書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2016年8月26日 新聞掲載(第3154号)
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