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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年8月26日 / 新聞掲載日:2016年8月26日(第3154号)

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日本を代表する教会音 楽家の足跡をたずねる 


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「日本合唱音楽の父」、「教会音楽家」、「評論家・指揮者」と称されてきた津川主一の多岐にわたる業績とその生涯を詳細にたどった書である。これには遺族の協力、蔵書等資料提供があった。

一九六七年第四回キリスト教功労者(財団法人日本キリスト教文化協会)には、安部正義(一八九一~一九七四)、木岡英三郎(一八九五~一九八二)、津川主一(一八九六~一九七一)、中田羽後(一八九六~一九七四)が選ばれた。また前年度には由木康(一八九六~一九八五)が受賞している。第四回までの八人のうち五人が音楽関係者であった。これはキリスト教文化における音楽の貢献を示すものと言えよう。

この五人の内、中田羽後に関して書かれたものは多く、由木康は「自伝的な大正・昭和讃美歌史」を含む『讃美の詩と音楽』(教文館 一九七五年一二月)を著しているが、他の三人の生涯や業績に関しては死後時間もたっており、忘れられた存在になっていた。

しかし近年、森田真理子氏が二〇〇九年五月にインデアナ大学博士論文、『EisaburoKioka』を提出、受理された。また明治学院資料館では二〇一二年三月に安部正義の伝記を含む『JOB AN ORATORIO CONPOSED BY SEIGI ABE』(資料集 第九集)を刊行した。そしてこの『津川主一の生涯と業績』が世にあらわれ、先人たちの再評価につながったのである。このことは一個人の業績だけでなく。日本の教会音楽の歴史、全体像をあきらかにする大きな要因となろう。

『津川主一の生涯と業績 神と人と音楽に仕えて』は八つの章で構成されている。「津川主一の生涯―社会的活動を中心に―」、「津川主一の業績―著作物を中心に―」、「合唱音楽の開拓者として」、「津川主一と讃美歌」、「賀川豊彦を師と仰ぎ」、「日本におけるフォスター像の確立」、「黒人たちの音楽への思い」、「『教会音楽五千年史』の執筆」。

「第五章 賀川豊彦を師と仰ぎ」の章には違和感を持たれる方も多いのではないだろうか。個人の生涯や業績に関する書物で他の人物を章立てまでしてあらわすことはまれである。津川夫妻の結婚式の司式を執り行った賀川豊彦に関して一章を設け、副書名「神と人と音楽とに仕えて」の「人に仕えて」の具体例を示したかったのであろうか。この副書名の言葉「神と人と音楽に仕えて」は「津川主一の生涯と業績」が凝縮されているように思う。「人に仕えて」では由木康等との交流もえがかれており興味深い。

多数の著作がある中、『教会音楽五千年史』(ヨルダン社 一九六四年二月)だけを第八章としてなぜ取り上げたのだろうか。これ以前には教会音楽史として讃美歌史を中心とした、海老沢亮著『讃美歌歴史 増補改訂』(教文館 一九二七年四月)、由木康著『讃美歌小史』(日独書院 一九三二年四月)位しか存在しなかった。日本で最初の本格的な教会音楽史の書である。津川主一はこの書の刊行後脳溢血で倒れるので、著者はこの書を、「津川の思想を具体的に理解するうえでもっとも適切な書物(略)津川の遺言とも考える」と述べているが、この章を設けることで音楽史家としての側面を引出し、合唱、讃美歌、オルガン、楽譜出版、翻訳等の著作物ばかりではないことを強調したかったのではあるまいか。

最後に遺族から丸山忠璋氏に託された資料は、彼を通して青山学院資料センターに寄贈されたことを付言したい。青山学院は期せずして津川主一の葬儀
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