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読書人紙面掲載 書評
2016年8月26日

参加型アートに与える明確な批評指針 最新美学を伝える翻訳の好企画 


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時事性や催事性というキュレーション寄り、あるいは現代哲学への拡張。世界全体の傾向でもあるが、特に日本は海外美術情報にその偏りがある。本書はいわば「美学」寄り視点の最先端の論考で、その意味で翻訳出版の意義は大きい。

内容は「参加」が基軸の美術表現の分析で、当然社会との関係性が大きな問題系となる。ビエンナーレと呼ばれる国際展、日本なら地域系アートがまず念頭に浮かぶが、単なる最新潮流の総括ではない。多人数の参加あるいは教育に関わるプロジェクトだけでなく、ヨーロッパのダダやソ連のプロパガンダ芸術まで遡って分析が行われる。射程の広さは思考の深さも兼ね備える。アプローチからは批評と表現の現状への異議も伝わってくる。

「絆アート」という言葉があるが、参加型アートは市民参加のハードルを低くするため、口当たりの良い倫理性を伴うことも多い。それとは真逆な(つまり反権力的な)志向のポリティカルアートは主題主義、メッセージ至上主義であることもしばしばだ。ここには表現の外在性への傾斜があり、作品に厳密さが欠ける結果ともなる。

筆者は国内の美術批評の書き手でもっとも社会的な題材作を扱うが、「質」の視点は必ず含ませてきた。ビショップは参加型アートの厳密な理解のため「質」の評価の必要性を強調し、これは共感できる。

批評のさい重用されるのが、ジャック・ランシエールだ。彼は政治において多元性を担保させうる「不和」の視点を重視し、不均衡を是正する分割=共有が感覚に根ざすものだとする。ここに政治と美学の接点が生まれ、本書で援用されることとなる。その意味で、外延的な政治思想の結合による、ビエンナーレによくあるテーマ主義とは根本的に次元が異なる。

紹介作品に表面的な脈絡は一見ない。独裁下のアルゼンチンのアウグスト・ボアールらの社会状況を問う表現(日本で知られておらず貴重だ)。これと共産主義体制であるソ連のアンドレイ・モナスティルスキーのあくまで個的で索漠とした行為(美しい作品だ)とはつながりにくい。しかし後者は全体主義下の「個人主義を築く足場」の模索で、状況に対する「不和」の働きかけという類似性がある。物質という支持体を持たない表現はともすれば主観的、主題主義的な評価になりがちで批評のメソッドとして有用である。表面的で移ろいやすい様式論にとらわれないがゆえに、過去の作品の検証は本質的だ。

もっとも著者のいう「政治」は思考原理におけるもので、現実性が求められるポリティカルアートやリアルな民主主義の問題と位相を異にする。このあたりの弁別を欠いた誤用で、「テイク・イット・イージー・ポリティカル系」が日本で増えることの危惧はある。

参加型アートは、現実問題として社会規範からの逸脱、社会事情への配慮などから軋轢も生まれる。そこに美術側の思慮のなさもしばしばある。著者の論考に現実の社会状況に対するフィードバックはなく、美学の中に回収される高踏性、制度性もはらむ。言及された作品に首をかしげるものもあった。現実に地域社会で苦闘し、悩む現場の役に立つ性質のものではないことは指摘したい。

ビショップは人文系の思考に近いが、アマチュア起用の「委任されたパフォーマンス」とビジネスにおける労働の外部委託や流動性の相関性との示唆など着眼点に幅がある。日本の美術批評の狭隘さを痛感した。(大森俊克訳)
2016年8月26日 新聞掲載(第3154号)
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