人間の生み出した美(よそおい)の営み 「イレズミ」と「美容整形」から見る日本社会 山本芳美(『イレズミと日本人』)・川添裕子(『美容整形と〈普通のわたし〉』)=公開トーク載録|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年8月19日 / 新聞掲載日:2016年8月19日(第3153号)

人間の生み出した美(よそおい)の営み 「イレズミ」と「美容整形」から見る日本社会 山本芳美(『イレズミと日本人』)・川添裕子(『美容整形と〈普通のわたし〉』)=公開トーク載録

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イレズミと日本人(山本芳美)平凡社
イレズミと日本人
山本芳美
平凡社
  • オンライン書店で買う
「イレズミは良くも悪くもない。人類が誕生して以来、営まれてきた人間の装いのひとつである」(『イレズミと日本人』より)。

7月22日、西荻窪・信愛書店スペースen=gawaで、「<じぶん>をあそぶ イレズミと美容整形の過去・現在・未来の加工術」と題し、山本芳美著『イレズミと日本人』(平凡社)刊行記念の公開対談が行われた。イレズミと美容整形という、これまで一般にあまり実態の知られてこなかった身体加工について、イレズミの研究で初めて日本の大学の博士号を取得した著者の山本芳美氏と、同じく文化人類学者で美容整形を研究する川添裕子氏が参加者の前で語った。その模様を紙上再現してお届けする。 (編集部)

◆知られざる イレズミと美容整形の世界

山本
タトゥーは、英語でtattooと綴られますが、それがどこから来たかというと、タヒチ語のtatauじゃないかと言われていて、イギリスでも何かを叩く音や行列、行進を表わすときにtattooという単語を使ったりします。イレズミを入れるときにトントントンという音がする、その音が語源ではないかと言われています。
そもそもイレズミとは何かというと、肌に傷をつけて痕跡を残すのがイレズミで、道具や文様、一番安定して皮膚に残る色素など、これだったらうまくいくという技術を長い年月をかけて人間は編み出してきたのです。用いられる道具で一番ポピュラーなのは針ですが、傷が残れば何でも良くて、植物のトゲや骨を加工したもの、時代が進んでくるとナイフや針などが用いられました。イレズミの起源をよく聞かれるのですが、人間の身体は骨は残っても皮膚は残りにくいので実はよくわからないことが多いのですけれども、アルタイ山脈のそばから出土した二五〇〇年前のものと推測されるミイラは、皮膚にイレズミで想像上の動物を彫っていました。当時の技術や道具の問題で、イレズミは簡単な文様から始まったと思うのですが、おそらく世界最古の身体装飾の一つです。

川添
イレズミと美容整形というと一見何の関係があるのかと思われるかもしれませんが、意外と両方は重なり合うんです。私たち研究者からすると、“人間は身体を加工する動物”というのが大前提なので、イレズミも美容整形も身体を加工する方法と捉えています。そして、イレズミと比較することで、美容整形の見えなかったところが見えてくる。例えばイレズミは伝統的身体装飾と言われるのに対し、美容整形はまさに近年の医療技術、現代的な身体装飾ということになります。
ただ、外見への医療的介入の歴史は結構古くて、遡ると紀元前一五〇〇年頃のインドで鼻を再建したという記録があります。鼻を削ぐ刑罰があったようです。中世・近世頃までは、麻酔も無菌術も十分ではなかったので、全般的に、死ぬか生きるかという場合に、手術が行われました。ですから二重まぶたにするような美容整形は考えられなかったわけです。一九世紀に入って、近代的な麻酔と無菌術が発明されて、一気に外科手術全般が発展していきます。そして、鼻の形を変えるといった美容整形も行われるようになりました。鼻の形によって、例えば「ユダヤ人」と差別されることがあって、そうした「人種的」差別からの「解決」を美容整形に求める人が出てきたんです。
さらに皮肉なことに、第一次世界大戦、第二次世界大戦で顔をひどく損傷した兵士が大量に出たことで、顔の修復技術が格段に上達します。そして戦後、時代が落ち着いてくると、美容目的の手術、美容整形を望む人が増えていきました。
山本
日本でのイレズミの状況ですが、統計がほとんど取られていないのと、信用できる統計がなかなかないため、実態はまだはっきりと掴めていません。やっと最近、関東弁護士連合会のアンケートで男女・年代ごとに総勢一〇〇〇名を対象にした無作為調査が行われ、一・六%の人が入れているとの数字が出ました。しかし、実際どれだけの人が入れているのかはよくわからない。 
では、外国の人たちがどれくらいイレズミを入れているかというと、三〇年以上前の論文で一割と言った人がいる。どういう根拠かわからないのですが、例えば先住民族で伝統的に入れていた人も含めて、ざっくり言って一割だと。最近の二〇一〇年代の数字で言いますと、アメリカで二〇%、西海岸あたりだと四〇歳以下で二五%という数字が上がってくる場合があって、ヨーロッパの方ですと、フランスで一〇%。特に一八歳から二四歳では二五%とのことです。ですから、ヨーロッパ、アメリカだけでも一〇%以上の人にイレズミが入っているということなんです。
イレズミは日本以外では非常に注目度が高くて、私は台湾で研究していますが、台湾の伝統的な先住民族のイレズミの特別展が時々催されています。西門町という渋谷と新宿を混ぜたような街にタトゥー屋さんが並ぶ、タトゥー・ストリートと呼ばれているところがあったりと非常に賑わっています。海外の大都市では毎年のようにイレズミの特別展が行われていますが、必ず取り上げられるのが日本のイレズミで、参代目彫よしさんなどは本当にきれいで精緻なものを彫っていらして世界的に有名な方です。世界的にも日本の彫師さんの技は認められていますが、では法的にどうか、社会的な位置付けはというと、語られない。みなさんの意識にも普段はのぼってこない存在であると言えると思います。
川添
美容整形を受ける方は増えていて、特に日本はメスを使わない手術が非常に多いと言われています。但し、自由診療、保険外診療なので正確な数字はわかりません。推計ですが、国際的な形成外科の機関が出した二〇一一年版統計によりますと、日本は世界第四位になっています。アメリカ、ブラジル、中国に次いで日本です。これを見て、「えっ、韓国はどうした?」と驚きましたが、人口千人あたりの件数にすると、やはり韓国が一位になるようです(二〇〇九年版統計から)。それでも日本は五位を占めていますし、あくまでも推計ですので、実際は、もっと多いかもしれないという状況です。政府も二〇〇〇年くらいから、二十一世紀国民健康づくり運動「健康日本21」を掲げて、高齢者の健康寿命を延ばすとか、生活の質を上げることを推進しています。美容整形に対する抵抗は薄くなってきて、特にプチ整形やアンチエイジングに関しては「それが何か問題?」というくらいのところに来ています。

◆イレズミ学者の原点

山本
私は九二年から沖縄本島、宮古島、八重山諸島のいくつかを廻って、フィールドワークを行いました。沖縄の方もほとんど忘れていらっしゃるんですけど、僅か一〇〇年前には沖縄の女性はみんな手の甲にイレズミを入れていたんです。島によって範囲やタイプは違いますが、肘から先、手首から先、奄美大島の方などは手首の内側に入れているパターンもあって、なぜ入れていたかというと、イレズミを入れなくてはお嫁に行けないと考えていたのと、成長の徴でもあったんですね。七歳~十二歳くらいからとバラバラですが、最初は中指、薬指あたりから始めて、少し大きくなると範囲を広げていって徐々に足していって、十五歳、二十歳にもなると完成させる文化だった。なぜかというと、一つは出産などの痛みを耐える、嫁勤めを耐えるということもあったし、何よりもイレズミはきれいだということがあった。私は本当に最後の時期に立ち会ったと思うんですけれど、どこを探しても針突(ハジチ)を入れたおばあさんはいらっしゃらなくて、最後の方で何人か、もうほとんど寝たきりの方とお会いしたのですが、この手が動いたとしたらとってもきれいだっただろうと確信したんです。今のネイルアートなんかより、よっぽど目立って、手の動き一つひとつにアクセントがつくというか強調されて見える。当時の沖縄の若い女性たちはもちろん痛いものですから、入れたくないというふうにごねる、そうすると親は「遊女になりたいのか」と怒ったと。それぐらい重要なものだったのが、この一〇〇年であっという間に価値観が変わってしまった。イレズミしない身体が当たり前ですし、できるだけ身体に痛みを与えないのが正しい生き方なんだという価値観になってしまった。今の日本はできるだけ痛みを除去しましょうという社会ですね。
それで沖縄の針突がなぜ禁止されたのかに疑問を持ち、日本の歴史を調べていこうとか彫師さんにお話を聞こうとか、段々に方向が変わっていった。結局わかったことは、むしろ針突は社会に組み入れられるために入れるものだということでした。
九五年から調査を開始した台湾の先住民族のイレズミも民族や地位を示したりするもので、例えばパイワンとルカイという民族だと、頭目と貴族の人々は入れられても、平民は入れられない。タイヤル、セデック、タロコなどは、「セデック・バレ」という映画で描かれるように男性も女性もイレズミを入れる。それはなぜかというと、イレズミを入れることで人間になる、真正な人間になるということで、イレズミを入れなければあの世に行けないんです。だからイレズミというのは、あの世へのパスポートという意味もあった。イレズミはそれくらい重要なもので、それも広い範囲の古層の信仰だったというのが、東南アジア方面の研究などで指摘されていたりします。
翻って、現代社会で行われるタトゥーは、個人が個々の身体を好きなようにカスタマイズする行為です。社会からむしろ離れていく。社会の一般規範と少し違うところを見せるという一種のお洒落、あるいは自己表現の一つという面があって、もっぱら個人の営みになっている。あまり社会と接点を持たないものになってきているという感じがあります。 

◆映画の中の イレズミと美容整形

――映画や文学の重要なモチーフとして、また作品や主人公の表象として取り入れられているイレズミと美容整形。ここでは映画を通して、イレズミと美容整形がどのように描かれてきたのか、両者をめぐる社会状況の変化や意識の変遷を探った。
◆「昭和残侠伝――唐獅子牡丹」(主演=高倉健、監督=佐伯清/一九六六年、東映)


山本
テーマ曲も大ヒットした任侠映画の代表的な作品です。こうした映画がどれだけ人々の心をとらえたかというと、当時在学中だった作家の橋本治さんが一九六八年の東大駒場祭のポスターに書いた「とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」というコピーが有名ですが、学生運動が盛んだった時代の空気をよくあらわしています。この映画の主人公は義理と人情を非常に重んじていて、弱きを助け強きを挫こうとしながら、なかなかうまく行かない。耐えて耐えて最後にやっぱり殴り込みに行くしかないとなったときに、特に学生運動に関わっていたような人たちは「異議なし!」と声を掛けたと、私の知人である映画監督が仰っていました(笑)。本を読んでくださった元新聞記者の方からも、当時は千葉の支社にいて飲み会の最後に必ず「唐獅子牡丹」を歌って終わったと感想をいただきました。新聞はインテリが作ってヤクザが売るみたいな業界で、その双方が共感して歌った歌という性格があったようです。その頃は男性女性とも任侠映画を観ていて、「仁義なき闘い」が一九七三年から始まりますが、映画が斜陽化していくと作り手も破れかぶれになり、実録ものでリアルな暴力的表現が強くなっていった。その結果、イレズミに実態以上にアウトローなイメージがついてしまったのではないかというのが私の見方です。
実はその前にも違うタイプの映画があって、「御存じ、いれずみ判官(はんがん)」という、「遠山の金さん」ものですね。この十六作目には彫師さんもお客さんも出てきますが、その中では鳶職の方が入れているものなんだと描かれる。ですから当時の人たちは、鳶の職人さんが入れているというのが、共通理解だったと思うのです。ところが、やくざ・任侠ものの映画が作られていくにつれ、そのイメージが覆われてしまった。映像クリエイターの人たちもイメージが固定化して、イレズミが出てきたら即ちアウトロー、やくざ者と記号的に使うようなパターンが増えたのではないかというのが、実は私の見方なんです。
◆「雪華葬刺し」(出演=若山富三郎、宇津宮雅代、京本政樹、監督=高林陽一/一九八二年、松竹)

山本
世界的に評価を受けた「雪華葬刺し(せっかとむらいざし)」という映画がありまして、カンヌ映画祭に「IREZUMI」というタイトルで出品された作品です。海外の新聞データベースで日本のイレズミが海外でどのように描かれたかということを調べていたら、この作品は「ニューヨーク・タイムズ」が絶賛していて、パリでも絶賛されていました。この映画はイレズミの表現が非常に美しくて、耽美な世界が描かれています。こういう性的な幻想があるんだと踏まえて観れば、表現を楽しむという意味では面白い映画で私自身は非常に好きな映画です。高林監督は、横溝正史の「蔵の中」という作品も撮られていて、こちらは「ニューハーフのはしり」の松原留美子演じる姉と弟が蔵の中にいて、近親相姦もイレズミも殺人事件も出てくる。耽美な作品を撮るのが、この方の特長でイレズミを性的な幻想に絡ませて語らせたりする傾向がある。ところで、谷崎潤一郎の『刺青(しせい)』という短編小説が日本のイレズミをめぐる表現のエロチシズムと結びつく原点なんですが、若尾文子さんが出たもの以外は、映画化がほぼ駄作(笑)。
◆「きいろいゾウ」(出演=宮﨑あおい、向井理、監督=廣木隆一/二〇一三年)、「蛇にピアス」(出演=吉高由里子、高良健吾、監督=蜷川幸雄/二〇〇八年)

山本
二〇一三年に公開された「きいろいゾウ」という映画があります。その前に「蛇にピアス」という作品が映画化されていて、生きている実感を感じるために過激な身体加工に走っていく人たちを描いていて、原作は当時二〇歳だった金原ひとみさんの芥川賞作品という話題性もあって有名ですが、私はむしろ「きいろいゾウ」の方が衝撃でした。この映画は西加奈子さんの小説がベースになっていて、出会った当日に結婚を決めて駆け落ち同然で暮らしています、という夫婦の物語です。二人の名字がムコにツマで、思わずギャグかと(笑)。ツマの方は、動物の声がいろいろ聞こえるという設定で、原作では病的なものとして描かれていますが、映画の方はファンタジー、メルヘンのようなかたちで描かれる。さらにこのムコの方には背中全面にタトゥーがあって、彫る場面はないのですが、痛みも何もなく「鳥がぼくの背中に収まりました」という、まさに草食系タトゥーの極地のような作品で、私はこんなふうにタトゥーを表現する人たちが出てきたのかと驚きました。イレズミをニュートラルな身体装飾の一つとして描いている。そういう意味で非常に興味深い二〇〇〇年代以降のイレズミ映画です。
◆「女の顔」(出演=イングリッド・バーグマン/一九三八年、スウェーデン)、「別離」(出演=エリザベス・テイラー/一九七四年、アメリカ)、「永遠(とわ)に美しく…」(出演=メリル・ストリープ/一九九二年、アメリカ)、「絶対の愛」(監督=キム・ギドク/二〇〇六年、韓国)

川添
美容整形の映画は、戦前からあります。イングリッド・バーグマンが演じる「女の顔」で、顔に火傷を負った女性が整形して美しくなるという作品です。しかし、それで終わりではなく、その後の生き方で人生が変わっていくという筋書きで、内面が大事という当時の倫理観も透けて見えるような内容です。六〇年代の「殺人鬼登場(原題=Circus of Horrors/一九六○年、イギリス)」はタイトル通りのホラー映画です。このように外科医が狂気にかられて美容整形手術を繰り返すパターンの映画がいくつかあります。「別離」では、エリザベス・テイラーが若返り手術をした女性役で登場しています。メリル・ストリープ出演の「永遠(とわ)に美しく…」はブラックコメディで、不死身になった美女たちが出てきます。韓国のキム・ギドク監督の「絶対の愛」では美容整形と屈折した愛情が描かれます。どの映画も絶世の美女が出演しています。整形で美人になる、そういうイメージがあるのだと思います。
◆岡崎京子『ヘルタースケルター』、鈴木由美子『カンナさん大成功です』

川添
日本のものでは漫画が多いですね。漫画家は先を読むのが鋭いと感じます。九〇年代後半は、岡崎京子『ヘルタースケルター』(一九九五年~一九九六年)、鈴木由美子『カンナさん大成功です!』(一九九七年~一九九九年)が代表的で、前者では主人公の整形美女・りりこが精神的に壊れていくのに対し、後者はハッピーエンドで終わります。両者ともに二〇〇〇年代に映画化されました。百田尚樹原作の『モンスター』(二〇一〇年)も映画化されています。ほかにも、TVドラマで放送された『OLヴィジュアル系』(一九九九年~/かなつ久美原作、二〇〇〇年ドラマ化)や『クレオパトラな女たち』(二〇一二年)などがあります。やはり一番話題になったのは『ヘルタースケルター』でしょう。岡崎京子さんが事故に遭われる前に描かれた作品です。原作者への高い評価もありますが、蜷川実花監督、沢尻エリカ出演の映画も、すごいヒットになりました。

美容整形を扱った映画には、ハッピーエンド系、悲劇系、狂気、ホラー系、犯罪系、さらには美や老いとは何かを考えさせられるようなものまであります。

◆イレズミは悪か、 美容整形は狂気か ~世の中の動きから~

山本
二〇一二年には大阪市で公務員とイレズミの関係が問われました。大阪市が市役所の公務員に対し、イレズミ、タトゥーの有無についてアンケートを取りましたけど、回答を拒否して処分を受けた職員数名が「不当労働行為」として市を提訴し、一審の地裁では勝って、二審の高裁で敗けて、今日連絡があったのですが、最高裁に上告したそうですので、今後いろいろな動きが出てくると思います。
川添
美容整形の方は、むしろ段々と社会的な認知を得て前面に出てきています。アートメイクや脱毛にしても、医師の指導のもとに行うべきと主張する人もいます。かつて豊胸術でシリコンインプラントの集団訴訟がアメリカで起きましたし、今でも後遺症問題が時々報道されます。但し、イレズミと比較してみると、美容整形の方は医療、医学というところを前面に出して、身体に関する権威的立場に位置付けられているのが大きな違いです。
医療側では、日本には、美容整形をめぐって医師たちの間に組織的な対立がありました。戦後すぐから美容整形(正式名称は美容外科)に取り組んできたのは、主に十仁病院を中心とする開業医のグループです。これに対して、もっぱらケガなどの治療を行っていた大学病院の形成外科のグループは、長い間美容整形に距離を取っていました。けれども大学病院であっても経営を考えなければならない時代になり、形成外科のグループも美容に積極的になってきました。今や美容を扱う医療は、美容整形だけでなく、審美歯科、美容皮膚科、さらには美容内科という名称も耳にします。身体加工のムーブメントと併せて、九〇年代後半、そして二〇〇〇年代から一気に美容医療の流れが加速してきました。美容整形は基本的には保険外診療で国の医療費の負担にはなりません。乱暴に言ってしまえば、健康保険の外でまわっていくならいいんじゃないというスタンスがありますね。

もう一つ指摘しておきたいのは、私たちが今生きている社会は、“自分の身体は大丈夫か”と常に考えていなくてはいけない社会だということです。私たちは、いつも自分を監視して何か問題があったらすぐに対処することを習慣化しています。
山本
常に自分をモニタリングして、『ヘルタースケルター』のりりこのように、ちょっとした顔の崩れでも世界が崩壊せんばかりにショックを受ける。私たちの周囲に展開している多くのものは、ネガティヴなものが除去されるようになってきていて、いざそれが自分の身体にあらわれてきたときに、なかなか受け入れ難いのだと思います。

◆イレズミとオリンピック、 コンプレックス産業としての美容整形

山本
最近聞いた話ですが、サーフィンやヨットの競技が湘南や千葉の地域で行われるので、その地域の入浴施設の人たちなどは、オリピック期間中は「イレズミ・タトゥーお断り」は外そうかという話になっているそうです。なぜかというと、イレズミは海事文化なのでヨットマンの人たちなどはあちこち寄港した折りにイレズミを入れて帰ってくるようなことがあって、それを禁止していたら競技が成り立たないところがある。そのように少し現実を見ようという動きも出てきているそうです。それからちょうど昨日内覧会に出席しましたが、荻窪に外国人旅行者や日本人でデザインタトゥーが入っている方でも利用可能なカプセルホテルが出来て、それも外国人観光客のインバウンドを見据えた実験だと担当者は仰っていました。
今回出版した本の中でもいろいろと分析していますが、海外ではヤクザ映画の影響が別の意味で強くて、日本のイレズミ文化を誤解して賛美しているようなところがあって非常に複雑な状態なんです。
観光庁が三月に出した、「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」によると、(1)シールを提供しましょう、(2)別室にご案内しましょう、(3)時間帯を変えて入っていただきましょうと書いてあって、私はそれを読んで驚きました。それはあくまでも、イレズミ、タトゥーが入っている外国人の方向けの話であって日本人への対応は変わりませんというもので、「ジャパンタイムズ」が報じて、私は記事を読んであんまり驚いたので担当官の方に問い合わせをしたのですが、曰く「日本人同士には誤解や摩擦は、外国人と日本人との間に見られるよりは少ない」というのが公式の返答でした。私は日本人間の誤解も相当大きいと見ていて、今はごく普通の人たちがタトゥーを入れていることが多くて、アウトローの世界の関係もあるにはあるのですが、すごく薄くなっている。それを、その本当に一部の部分を拡大して、だから怖いんだという感じで捉えている方が多いし、温泉や入浴施設における「イレズミお断り」の看板設置には「右に倣え」というところがあると思います。

川添
美容整形にも偏見はずっとありました。けれども、例えば豊胸はすぐにニセモノだとか人工的だと揶揄されるのに、男性の包茎・仮性包茎手術は見かけの問題なのに、ほとんど口に出して言われません。医師の中にも、「いやぁ、包茎は美容整形じゃなくて、泌尿器科の範疇でしょう」と言う人もいます。その割に盛んに広告がされています。CMも結構耳に残りますよね。「×××クーリニック♪」とか「好きな言葉は○○です!」とか(笑)。
私がなぜ美容整形に関心を持ったかといえば、“人間の身体がどのようにあるべきだと考えられているか”知りたかったからです。女性の胸がどの程度膨らんでいるかや、男性の場合は性器の包皮が剥けているのか剥けていないのかなど、これら理想の身体のイメージは地域や時代で違うんです。日本ではある時期から仮性包茎の手術が週刊誌とのタイアップで盛んに喧伝されました。今はしなくて良いという説も結構ありますが、仮性包茎手術は短時間で済んで、病院の利益率も高いらしいんですよ(笑)。
何が正しいのかということではなく、時代や地域ごとに、どういう身体が大人の男なのか、大人の女なのかというイメージがあるということなんです。現代はそれを提示するのが、現代医学を実践する人たちです。医師に、「これこれこうだから治療した方が良い」と言われると、「ああ、そうなんだ」と納得してしまう。美容整形も予防医学も、一方で火を着けておいて、もう一方で火消しをするような、そういったマッチポンプ的な構図があります。
山本
わかりやすい例で言うと、AGA(男性型脱毛症)もそうですね。カツラを被りましょう、増毛しましょうと言っていたのを、「AGAは病気です」、「病院に行きましょう」というCMを、特に深夜帯のサラリーマンの方が家に帰ってホッとする時間帯にぶつけてくる(笑)。

◆イレズミ、美容整形と 日本社会のこれから

山本
イレズミ、タトゥーに関しては、日本国内で法的にどう位置付けられるかがすごく大きなファクターで、医療との関係があって予測を立て難い。世界的にはものすごく流行っていて、これから落差が広がっていくばかりなのかどうかが気になります。

日本政府の目標としては二〇二〇年に、四〇〇〇万人の外国人旅行者を受け入れると言っているから、現実的にこんなにイレズミを入れている人がいるんだということが解ってきて、少し前の茶髪の扱いに近くなってくるのではないか、なんであんなに騒いだのだろうというようなことになるのではないでしょうか。私自身もどうなるんだろうと思っているし、考えているのですが、現実的にどう考えても慣れていくしかない。日本は産業が頭打ちだし、観光に頼っていくしかない状況なので、結局のところそこが突破口になってタトゥーってアリだよね、となっていくのでは。市民社会に溶け込んでいくというのが一方の方向にあって、でもタトゥーはすごく限られた、なかなか出来ない身体加工であると思っている人たちもいるので、違った意見も出て来ると思うんです。
川添
美容整形は、現在、グローバル産業の観光とも関係しています。メディカル・ツーリズムです。韓国などは、積極的に、海外から美容整形を受ける旅行客を呼び込んでいます。日本は、予防医学、検査等の方が主流ですが、外国人患者受け入れ環境を整備する美容整形も出てきています。グローバル医療としては、美容整形も患者さんが国を越えて行ったり来たりという状況になっています。美容整形は基本的に自由診療なので経済効果が直接的です。既に先進国はどこも高齢化で、アンチエイジングが人気です。美容整形のWEBサイトをご覧になれば、新しい技術がいろいろと開発されたり、消えていったりしているのがわかります。今は医療技術がどんどん先に行っていて、二重まぶたにするとか、鼻を高くするといった美容整形を通り越して再生医療やさらにはデザイナーズベイビーとか、そのくらいのところに来ています。
山本
社会が変わるとニーズも変化する。例えば、処女膜再生手術などは昭和三十年代くらいは多かったけれど、今は激減しています。
川添
当時は処女性に価値があったんですね。美容整形で流行する手術は、医者が突然やり出すのではなく、時代の要請を受けて提供されています。ですから美容整形は、現代人の身体がどうあるのか、どこに向かっているのか、という指標にもなっていると思います。
山本
イレズミ・タトゥー、それに美容整形は、これまでキワモノ的に扱われてきました。今回のトークショーがきっかけとなって、自分が抱いていたのと違う見方を発見していただけるとよいと思いますね。
――終盤の参加者とのディスカッションでは、「若さと老い」、「社会による身体規制」、「研究作業と実践の方向性の違い」などが話し合われ、海外では国立美術館の中で実演しているという彫師の女性からは「日本のイレズミ、彫師としての立ち位置を早く確立してほしい」という意見も述べられた。
この記事の中でご紹介した本
イレズミと日本人/平凡社
イレズミと日本人
著 者:山本芳美
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
藍像参代目彫よしの世界/小学館
藍像参代目彫よしの世界
著 者:写真・執筆:須藤昌人、文:宮下規久朗
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
イレズミの世界/河出書房新社
イレズミの世界
著 者:山本芳美
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
美容整形と〈普通のわたし〉/青弓社
美容整形と〈普通のわたし〉
著 者:川添裕子
出版社:青弓社
以下のオンライン書店でご購入できます
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