対談=宇野維正×速水健朗 大衆音楽家、小沢健二の帰還~光を照らす者~ 『小沢健二の帰還』(岩波書店)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年12月8日 / 新聞掲載日:2017年12月8日(第3218号)

対談=宇野維正×速水健朗
大衆音楽家、小沢健二の帰還~光を照らす者~
『小沢健二の帰還』(岩波書店)刊行を機に

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第5回
インディペンデントなアーティスト

速水 
 対象との距離感も、難しかったのではないですか。この本は、エビデンスをもとに推論を組み立てていった、非常に誠実な本だと思うのですが、例えば背景として時代性を参照したり、同時期の他のアーティストと安易に比べたりせずに、淡々と小沢健二の足跡を追っていく。
宇野 
 私感のようなものは、できるだけ排除したつもりです。それでもどうしても滲み出てくる個人的な見解については、ちゃんと明記した上で述べるようにしました。情報がほとんどゼロの時代から、最近になればなるほど小沢健二からの発信が増え、扱うべき情報の量が増えていくわけですけど、これは小沢健二の「不在」を追いかける本なので、彼の姿がこちらに近づいてくればくるほど、そこに割かれる文章の量は減っていきます。 
速水 
 最後には「不在」が消えているという構成ですね。もう一つこの本が面白いのは、小沢健二によるパブリシティの変遷が描かれていることです。
宇野 
 彼の帰還への過程とは、日本を離れて一から新たに再確認していった自身の表現と、その発信の方法だったのかもしれません。『Eclectic』をリリースした頃に時折書いていたブログは、すぐに抹消。特殊な媒体で限定された読者に向けて、「うさぎ!」を書いていたことは既に述べましたが、その後は、パートナーで写真家のエリザベス・コールと共に制作した、映画『おばさんたちが案内する未来の世界』の上映会を、草の根的に行っています。そのようにしてもう一度、一から人と出会っていったその後で、「ひふみよ」ツアーのタイミングで開設したオフィシャル・サイトは、今も活用されています。その次はUstreamの生中継で「東京の街が奏でる」公演の告知。そして、「魔法的」ツアーの告知では、前日に渋谷や下北沢の街に貼られたゲリラ・ポスターからの「本人登場」。さらに今秋の「フクロウの声が聞こえる」のプロモーションでは、渋谷の街の真ん中に、ドーンと飾られた大きな垂れ幕で、SEKAI NO OWARIとのコラボレーションが発表されました。その都度、いろんな方法が模索されていて、特に今年復活してからのリスナーを巻き込んでいく手法は、とても洗練されていて、極めて現代的です。
速水 
 非常に戦略的だけど、「マーケティングや戦略ではない」みたいな発言もしている。そこもまたアンビバレントですよね。
宇野 
 すべてがアーティスト発信っていうのは、実は今のアメリカのポップ・ミュージックのスタンダードなんですよ。ソーシャル・メディアで何千万人もフォロワーのいるスターにとっては、もはやレコード会社だとかメディアだとかが過去に持っていた機能ってほとんど必要ないんです。ダイレクトに発信するのが一番効率的だし、ファンとの信頼関係を築くことにもなる。メディアに出る時だって、テキストは自分が書くし、フォトグラファーも全部自分がコントロールする。フランク・オーシャンだとかリアーナだとか、そういうアメリカのトップ・スターのような方法論でやってきたのが、近年の小沢健二だったんです。ある種の、DIY感というのが鍵になっている。でも、実際にそれはすごく手間がかかることで、海外のトップ・スターには優秀なスタッフがたくさんいるわけですが、小沢健二は本当にそれを、今年ユニバーサルから再びCDをリリースするまで、ツアーも、Tシャツの制作も完全なDIYでやってきた。だから、実は二〇一〇年以降の小沢健二は働きづめだったんですよ(笑)。雑誌に寄稿するときにはデザインやレイアウトまで自分でやるし、『我ら、時』という作品では、CDのほかに、本やボタンや絵巻物、カードや写真立てなどもセットにして。そこで小沢健二はパートナーのエリザベス・コールと、全部自分たちで紙を選んだり、写真立てを作ったりしていたんです。本当の意味での「インディペンデント」なアーティストとして。
速水 
 「ミュージックステーション」で、フジロックへの出演を、フライング発言したりするのも、踊らされたくない。逆にいえば、自分ですべてをコントロールできるし、してきた、という表明なんでしょうね。
宇野 
 常に治外法権的存在であり続けている(笑)。
速水 
 サイト「ひふみよ」では、うさぎとオザケンの一人二役で、擬似インタビューを掲載していましたね。その中に、スピードの話がありました。人それぞれ、生きるペースがある。それぞれの人に、直面している問題があって、それぞれ違うペースと方法で、解こうとしたり、解くのをやめたり、また解こうとしたりするのだと。こうして一冊の本として、彼の軌跡を振り返ると、模索の中でも、自分の中に確かな答えが見つかっていない時期にさえ、何かしらアウトプットし続けてきたことがわかってきます。ずっと表現と発信の仕方にこだわってきて、空白期とみなされていた時期にも、ある場所では能弁だった。小沢健二という人をひとことでいえば、特別な文才を持った音楽家。宇野さんの書いていた「「光」そのもののような小沢健二の音楽と、「光を照らす者」としての小沢健二の文章」という把握は、非常に納得しました。発信の手法が、不特定多数に開けたマス・メディアを通してしか成り立たなかった九〇年代。そこから解き放たれて、もっと違う人と人とのつながり方を模索し試行錯誤して、小さなところで手作りの発信を重ねることで、ここに戻ってきた。それは不在ではなく、小沢健二に、僕らがやっと追いついたということだったのかもしれませんね。
宇野 
 ある種のレトリックとして「空白期」という言葉を使っていますが、本当は空白ではなかった。その時期に発表された二枚のアルバム『Eclectic』と『毎日の環境学』も、本当にすごい作品だった。そのことは、真正面から書きたかったんですよね。
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この記事の中でご紹介した本
小沢健二の帰還/岩波書店
小沢健二の帰還
著 者:宇野 維正
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
アイスクリームが溶けてしまう前に (家族のハロウィーンのための連作) /福音館書店
アイスクリームが溶けてしまう前に (家族のハロウィーンのための連作)
著 者:小沢 健二
編 集:日米恐怖学会
出版社:福音館書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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