四方対象 オブジェクト指向存在論入門 書評|グレアム・ハーマン(人文書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月9日

挑発的な問いかけ 
ここ数年注目されている著者の待望の邦訳

四方対象 オブジェクト指向存在論入門
著 者:グレアム・ハーマン
出版社:人文書院
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ここ数年、注目されているグレアム・ハーマンの待望の邦訳である。ハーマンその人と、彼も創始者の一人の潮流たるオブジェクト指向存在論OOOや関連する一派である思弁的実在論SRは、今日、哲学の領域のみならず、アートやデザイン、建築、都市論…など多くの隣接ジャンルでひんぱんに語られるようになっている。ハーマン自身も近年は建築に関連する学科で教鞭をとっている。

本書の後半ではフランスでSRを展開するメイヤスーとの立場の違いもふれられているが、この本自体、仏語圏にオブジェクト指向存在論の入門編を出す目論見で書かれている。同じ著者の『オブジェクト指向存在論に向かって』や『ベルとホイッスル』のような論集の方が、多方面の話題とオーディエンスに向かっているぶん、日本での導入や入門にはわかりやすかったかもしれない。しかし、本書はハーマンがどのようにハイデッガーやフッサールなどの現象学派や古代から近代までの哲学を読んでいるかをはっきり見えるかたちで伝えている。たとえば、対象を要素に分解、還元して考える構えは「解体」(undermining)と呼ばれ、逆に掘ったものを包括的な一つの関係や束に格上げしつつ、人間のアクセスをこえた層を宇宙に認める構えは、本書では上からの「埋却」(overmining)と呼ばれている(二七~三〇頁)。他の著書でハーマンはduomining(二重の掘りこみ)という構えも導入しているので、「解体=埋却」の訳語の場合、この三つ目の構えはどう訳すべきだろうか?

まだ正体のはっきりしない思潮だけに、こうした用語上の検討や訳語の振幅はこの先もしばらく続くだろうが、それじたいとしては健康的な成り行きと言えよう。

本書ではグレマスの記号論的四項や社会学的な四象限分類とはまた異なった図表が繰り返し登場する。当の四項図式たる「四方対象」という題名そのものが面倒のタネである。いわゆる転回(ケーレ)以降の、神秘主義的にも見えなくもない極度に凝縮され詩的でもある最後期(一九四九年)ハイデッガーの思考から取り出された概念である「四者方域」Das Gerviert(天、地、神々、死すべきもの)のような対立項を、ハーマンは本書でもう一度、現象学以来、いや近世の哲学以降の様々な存在論の立場を理解するためのダイナミックな地図として置きなおす。対象はつねに互いに還元不能な実在的な対象と感覚的対象、実在的性質と感覚的性質の四つをくぐっており、合わせて十通りの組み合わせが可能であることを示している(ブログから覇権をのばしてきたこの新潮流の担い手が、トランプのカードのように概念を組み換える様を見るのは圧巻である)。

同時に対象は私秘的な空虚において包まれたダークな核心であり(七八頁)、「掘で囲われた孤島のようなもの」(一七六頁)でもあるのだが、ハーマンは実在的対象の感覚的性質とを結びつけるにあたって「魅惑」allureという概念をこしらえる。モノは互いの変形や歪曲を通してしか出会えない。

ここでは対象も主体(主観)も同じフラットな平面で見ることが標榜され、人間の精神や心をかならずしも特権的なものと見なさない立場に向かう。世界や宇宙における「人間でないもの」(非人間)の意義が重視されることにより、OOOやSRではいわゆる汎心論panpsychismが問題になるわけだが、ハーマンはむしろ多心論polypsychismを標榜し(一八九頁)、この議論の危うさや穴を埋めつつ、この議論の可能性をさらに開いている。

新しい学派や潮流から出てくると、きまって「専門家」のがわからのお叱りや揶揄が聞こえてくる。しかし、問題はハーマンも本書で言うように、先人の言葉や身ぶりを延々と模倣しつづけるよりも、それらを「何か別のものの先駆者へと変化させること」(一四九頁)である。ここでは哲学的思考の意義は、それがいかに日常生活の様々な場面に根元的に結びつくことができるか、という点にかかっている。ブライアン・マスミあたりからは逆に古い議論の焼き直しではないかという強い批判もあるが、政治的にもいろいろと物議を醸してやまないハーマンの挑発的な問いかけから学べることは今後も少なくはない。(岡嶋隆佑監訳/山下智弘・鈴木優花・石井雅巳訳)。
この記事の中でご紹介した本
四方対象  オブジェクト指向存在論入門/人文書院
四方対象 オブジェクト指向存在論入門
著 者:グレアム・ハーマン
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月8日 新聞掲載(第3218号)
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