名婦列伝 書評|ジョヴァンニ・ボッカッチョ(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年12月9日 / 新聞掲載日:2017年12月8日(第3218号)

名婦列伝 書評
◇ 貞 女 礼 讃 ◇

名婦列伝
著 者:ジョヴァンニ・ボッカッチョ
翻訳者:瀬谷 幸男
出版社:論創社
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一四世紀イタリア文学を代表する作品として、ダンテの『神曲』と並び称される『デカメロン』。たとえこの書をまったく繙いたことはなくとも、「古今東西に取材した百の物語集」、あるいは「数々の放埓で猥雑な笑話」といった知識をもつ者は少なくない。これには及ぶべくもないが、一四―一五世紀当時は、より広範な読者層を獲得した同作家の作品があった。それが『名婦列伝』である。

一三六〇年前後からラテン語による人文主義的著作に専念していたボッカッチョは、一〇六人の著名婦人の列伝を編んだ。「原初の母」エヴァを皮切りに、ユノーやミネルウァ等の女神たちや、ヘレナ(ヘレネー)やペネロペをはじめとする、一連のトロイア戦争物語に登場する女性たち、カエサルの娘ユリアやクレオパトラ、皇帝ネロの母である小アグリッピナ等、史書に名を残した婦人たちがとりあげられ、最後はボッカッチョの同時代人であるナポリ王国女王ジョヴァンナ一世で締めくくられる。ちなみに神話の女神たちは「人間」として扱われているが、これはボッカッチョがまだホメロス等のギリシア語原典を参照することができず、古代ローマや中世初期に成立したラテン語文献――そこでは異教神の神性は否定される――に頼ったためである。したがって、ウェヌスはキュプロスの女王にして「公娼」の考案者、花の女神フローラも、裕福な娼婦にすぎない。

ボッカッチョは、キリスト教の聖女たちを除外し、異教徒の女性にほぼ限定したと「序文」で明言している。そのため彼が手放しで称讃する女性は少なく、アッシリア女王セミラミスの近親相姦を責め、子沢山を誇ったニオベーを傲慢だと非難し、己の性を隠して教皇の座に昇りつめたヨハンナを恥知らずと罵る。ボッカッチョもまた、ミソジニー(女性嫌悪)の蔓延した中世の人間に他ならず、女性が「弱い身体と緩慢な天性」の持ち主であって、光り輝く者は非常に稀であると公言して憚らない。むろんコルニフィキア(前一世紀)やプロバ(四世紀)のように、その詩才を高く評価するケースもないわけではないが、やはり彼が力を入れて語るのは、死罪を言いわたされた夫たちを牢から逃がして身代わりとなったミニュアス人の妻たち、夫の死にあたり、生きながらえることを潔しとしなかったセネカの妻ポンペイアやブルートゥスの妻ポルティアである。夫への愛と貞節を貫くためとあらば、キリスト教世界では断罪されるはずの自殺さえも、美辞麗句をもって讃えられる。

『名婦列伝』は一四世紀末に早くもイタリア語訳が、一五世紀初頭にフランス語訳が成立し、そして一六世紀末までに英語、ドイツ語、スペイン語に訳されている。パリの宮廷で活躍した作家クリスティーヌ・ド・ピザンのように、これを自作品のなかで語り直す者もいる。それにあたり、美しい彩色挿絵入りの豪華写本や印刷本も各種制作されている。難解で長大な古典に直接あたらずとも、多くの著名婦人の生涯を容易に知ることができる書として、あるいは女性の「あるべき姿」を教える手引書として、この作品の果たした役割はきわめて大きい。凌辱されたことを恥じ、夫の面前で自害したルクレティアが、貞女の鑑としてルネサンス期のヨーロッパであれほど描かれたのも、ボッカッチョが彼女に一章を割いたことと、おそらく無関係ではない。ヨーロッパ文芸、とりわけ文学と美術に関わる者にとっては必携、必読の書である。
この記事の中でご紹介した本
名婦列伝/論創社
名婦列伝
著 者:ジョヴァンニ・ボッカッチョ
翻訳者:瀬谷 幸男
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
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