ことばと思考 書評|今村 むつみ(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
2017年12月9日

今村むつみ著『ことばと思考』 
立教大学 佐羽内 皓子

ことばと思考
著 者:今村 むつみ
出版社:岩波書店
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ことばと思考(今村 むつみ)岩波書店
ことばと思考
今村 むつみ
岩波書店
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私がこの本に興味を持ったのは、伊藤計劃によるSF小説『虐殺器官』がきっかけだった。どの言語にもあるパターンの「文法」が隠れており、その「文法」が活性化されることで、各国で戦争が引き起こされてしまう、という物語である。この小説に出会ってから、果たして人間は言語を支配しているのか、あるいは逆に言語によって縛られてしまうことはないのだろうかと思い、この本を手に取った。
「ウォーフ仮説」についてご存知の方は多いと思う。北極圏に生きる民族の言語には、雪の種類を表す言葉が20以上もあり、そのレパートリーを多く持つために、彼らは雪を細かく分類して認識するらしいといわれるあの仮説である。

しかし、いくら単語の種類が多いからといって、空から小さな氷が降ってくる現象が、我々の考える「雨か晴れか」といったレベルで認識されているのだろうか?

本書は、言語によって思考は規定されるがゆえに、言語が違えば時に理解不能なまでに思考も異なるものだと主張するウォーフ仮説を、異言語間における様々な実験を用いて検討するのみならず、人間の言語習得と思考の発達から、言語と人間の認識、世界の切り分け方について考える一冊だ。

第一章から第三章では、異言語間での認識に差異があるかどうかを検討するための実験例が多く登場し、言語の共通性や、言語が認識にどのような影響を与えているかを探ってゆく。

他人に道を聞かれたとき、多くの日本人は、何かしらの目印とともに、右、左、という言葉を用いて説明するだろう。空間の認知において、右、左、前、後ろ、などの方向を指し示す言葉は必要不可欠であるように思われる。ところが、この方向を指し示す言葉、概念が存在しない言語があるという。相対的な方向の概念をもたない言語の話者たちは、デッド・レコニングと呼ばれる方向定位能力を持ち、絶対的な方角に従い、方向を示す言葉に頼ることなく空間を認知することができるというのだ。

第四章では、子供の言語習得の特徴を知ることができる。子供は、言語を学ぶのに従い、その認知能力を高めていくように思われるが、実は母語を習得するにつれて、いらない情報を捨象してゆくのだという。実験によると、相対的な方向の概念を習得するまえの子供の空間認識は、絶対的な認識に従っているというから、母語における空間認識方法の違いはデッド・レコニングの能力差の要因のひとつであるのかもしれない。

本書は様々な実験に関する記述が完結にまとめられている反面、総論にあたる記述が少ないようにも感じられる。まだまだ謎が残されているということだろうか。しかし、私は本書の魅力は「謎の入り口」としての側面にあると思う。個別的な実験に基づく科学的な考察を読んでいるはずなのに、人類共通の認識の大枠の存在の「謎」を感じさせられたからだ。本書を読み終えて、私は言語と認識の間には人智を超えた力学がはたらいているのではないかとSFめいたことを考えてしまったし、当初の疑問は解決されなかった。それどころか謎の入り口に立たされてしまったように思う。その不思議さは読了以来、膨れ上がる一方だ。謎と生きる気概のある方へ、ぜひこの本をお勧めしたい。
この記事の中でご紹介した本
ことばと思考/岩波書店
ことばと思考
著 者:今村 むつみ
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月8日 新聞掲載(第3218号)
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