僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~ 書評|フェリックス・クリーザー(ヤマハミュージックメディア )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年12月16日

特別視したがる社会に対して広い視点と柔軟な思考を提案

僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~
著 者:フェリックス・クリーザー、セリーヌ・ラウア-
出版社:ヤマハミュージックメディア
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昨今、障害をもつ演奏家の活躍は珍しいことではなくなっている。と、何気なく使いがちなこの種の表現だが、その奥には、考えるべきテーマが様々潜在している。

本書の語り手はフェリックス・クリーザー。世界で注目される若手ホルン奏者で、生まれつき両腕がない。ほかの多くの人とは違う身体だとしても、彼自身にとっては、これがずっと「普通」の状態だ。楽器を手の代わりに足で操作している、彼からすればただそれだけのことでも、聴く人に与える視覚的インパクトからは逃れられない。彼に葛藤をもたらしたのは、障害そのものではなく、周囲からの見られ方なのかもしれない。

ハンディキャップを特別視したがる社会に対して、クリーザーは広い視点と柔軟な思考を提案する。彼は言う、あるものごと(例えば、楽器を手で演奏すること)を当然だとみなすのは、個人の体験に結びついているに過ぎないと。彼はあくまでも、ひとりの「ホルン奏者」でありたいのだ。

そのようなわけで、本書で主に語られるのは、これまでの歩みと、演奏に対する彼なりの哲学である。ホルンを始めた子供時代の、かわいらしくも頑固なエピソードは微笑ましく、初めてのCDレコーディングやテレビ出演のくだりからは、デビュー時特有の興奮と初々しさが伝わってくる。ここで語られるレコーディングの過程は一例であり、大きな流れを優先するタイプの録音もあることは付け加えておきたいが。

妥協を許さない意志の強さや完璧主義は、若さゆえの部分もありつつ、彼の個性の土台であることは確かだろう。そして「才能は二の次、大事なのは意思と努力」、これはどの道にもあてはまることだ。パコ・デ・ルシアも言っている。「才能など信じない。才能があって努力し続ける人を信じている」――。

クリーザーは今年(2017年)6月に初来日し、協奏曲を演奏している。トップ奏者の仲間入りをした彼が“これから”どうなっていくのか、楽しみに見守りたいものだ。(植松なつみ訳)
この記事の中でご紹介した本
僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~/ヤマハミュージックメディア
僕はホルンを足で吹く~両腕のないホルン奏者 フェリックス・クリーザー自伝~
著 者:フェリックス・クリーザー、セリーヌ・ラウア-
出版社:ヤマハミュージックメディア
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年12月15日 新聞掲載(第3219号)
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