蓮田善明論 戦時下の国文学者と〈知〉の行方 書評|奥山文幸(翰林書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年12月16日 / 新聞掲載日:2017年12月15日(第3219号)

新たな思考の場をひらく 
様々な視角を提示してテクストヘ導く

蓮田善明論 戦時下の国文学者と〈知〉の行方
著 者:奥山文幸
出版社:翰林書房
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今日にあっても「解禁」されざる禁忌の対象――井口時男氏は、現在連載中の評論で蓮田善明をそのように形容している(「蓮田善明の戦争と文学 第一回」、『表現者』第六〇号、二〇一五・五)。日本浪曼派に関わる国文学者・批評家である蓮田の名は、従来、敗戦直後に上官を射殺して自決したという最期と、また晩年の三島由紀夫による熱っぽい評価(それはしばしば、三島の自死を、蓮田の最期を反復するもののように捉える見方にもつながっている)において語られてきた。そしてそのことは、蓮田に対する忌避と称賛の双方を招きつつ、彼の遺した文章を冷静に読み解くということを長らく困難にしてきたように見える。

本書は蓮田善明に関する、文学研究の立場による初の共同研究論集である。この論集に貫かれているのは、蓮田の人生(そして死)とその文章を直結するような旧来の理解から離れ、あくまで彼のテクストを、多様な文脈および他の文学者のテクストとの関連において解析しようとする姿勢だ。念のため付け加えれば、それは決して、蓮田を脱政治化して学問的に扱う対象にするということではない。むしろ本書で周到に捉え直されるのは、蓮田の文章のもつ様々な意味での政治性と、それを支える論理に他ならない。

本書は三部構成からなり、計十一編の論文が収められる。第Ⅰ部は、蓮田の唯一の小説「有心―今ものがたり」について、戦後の保田與重郎による論評や、島尾敏雄の童話との対比、また蓮田の小説論との関連など、それぞれ異なる視座から分析する三編の論考を収める。第Ⅱ部は古典文学研究者としての蓮田に焦点を据えた四編の論考からなり、鴨長明や「古事記」(および本居宣長)への理解、同時代における岡崎義恵の「日本文芸学」との関わり、また京都学派の哲学の受容などが検討される。また第Ⅲ部には、同時代作家との関係をテーマに、佐藤春夫・川端康成との関わりや、保田與重郎との比較、蓮田による三島評の内実などを論じる四編が並ぶ。

本書を読んで印象的なのは、蓮田があくまで他者の文章を読み、それを通して思考する存在であったということだ(小説「有心」でも、語り手がリルケ『ロダン』などを読みつつ旅しているように)。そしてそのことにおいて、蓮田のテクストは、戦中期の文学言説の諸相を独特な角度から照らし出し、それを再読するための回路ともなる――例えば、昭和十年代の批評において森鴎外や岡本かの子が持った意義や、日本浪曼派周辺の文学者による佐藤春夫評価の問題など、本書では多くの興味深い問題に光が当てられている。また、特に蓮田と保田與重郎との対比は、直接それを主題とする章以外でも随所で検討され、両者の差異が様々なかたちでとり出される(それは、保田の言説の特性を捉え直す手がかりともなるだろう)。編者の奥山文幸氏は、蓮田研究に「戦中期日本の問題を新しく発見したいという期待」があったと語るが(「はじめに」)、その成果は本書に鮮やかに示されているように思える。

もっとも、本書を通して、蓮田の言説や活動について必ずしも明快な理解が与えられるとは言い難い。実際、同じテクスト、同じ問題について、それぞれの論者の理解や評価はしばしばズレを示し、時に対立しているようにさえ見える。それは、蓮田の文章の固有の捉え難さ(本書の随所で、「舌足らず」「わかりにくい」といった率直な評価が示されるように)によるとともに、蓮田研究が未だ定見の成り立ち難い、新たな問題領域であることを物語るものでもあるだろう。よって、それは決して本書の限界を示す事柄ではあるまい。むしろ、様々な視角の提示を通して、読者が自ら蓮田のテクストを読み、考えるように導くという点に、本書の重要な意義があるように思われる。蓮田を、また戦時下の文学言説の問題をめぐって新たな思考の場をひらくという意味で、本書は正しく始まりの書物なのである。
この記事の中でご紹介した本
蓮田善明論 戦時下の国文学者と〈知〉の行方/翰林書房
蓮田善明論 戦時下の国文学者と〈知〉の行方
著 者:奥山文幸
出版社:翰林書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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