2017年回顧 日本文学 谷崎由依と青来有一がトップ 才能ある新人作家の登場にも注目|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

回顧総評
2017年12月23日

2017年回顧 日本文学
谷崎由依と青来有一がトップ 才能ある新人作家の登場にも注目

このエントリーをはてなブックマークに追加
劇場(又吉 直樹)新潮社
劇場
又吉 直樹
新潮社
  • オンライン書店で買う
本年の文学を振り返ると、二月に刊行された村上春樹の『騎士団長殺し』(新潮社)と、五月に出版された又吉直樹の『劇場』(新潮社)をめぐる話題が印象的だった。通常、ある作品が出版社から刊行されると、まず言論公共圏(評論家、ならび書店員やブログ論壇)という狭い世界で話題になり、そこから広く読者に拡がる。経営学のイノベーション論で語れば、イノベーターが言論公共圏にあたり、そこから読者、つまり初期採用者、初期多数派、後期多数派、そしてラガードと呼ばれる遅延者を取り込みヒットする。しかし上記の二作はそうした通常の手続きを経ずとも、前者は七年ぶりの長編、後者は待望の第二作という話題だけで売れてしまったわけである。もし作品のテーマや内容が劣っているのなら無視もできようが、評者の評価はきわめて高く、前者は数ある村上文学のなかでトップクラスのできばえ(とくに謎の石室の仕掛けが有効)だし、後者は演劇をめぐる人間模様がうまく表象されていた。『劇場』内の言葉を借りると「物語の力というのは、現実に対抗し得る力であり、そのまま世界を想像する力でもある」。そうした「物語の力」こそ現代文学を活性化するのだろう。

縫わんばならん(古川 真人)新潮社
縫わんばならん
古川 真人
新潮社
  • オンライン書店で買う
そういう意味で、才能ある新人作家の登場にまず注目すべきだ。福岡のとある港町を舞台に一族の群像を描いた古川真人の『縫わんばならん』(新潮社)とその続編『四時過ぎの船』(新潮社)は「物語の力」が横溢していた。港町に存在する家々は一族の家族によって代々住み継がれる。そこに複数の物語が生起し一つのサーガを形成する。古川は、ポスト中上健次あるいは小野正嗣ともいえ、今後の創作活動が非常に楽しみである。その他、心と体の不一致をテーマとした春見朔子の『そういう生き物』(集英社)、社会学の参与観察の手法をとり入れた岸政彦の『ビニール傘』(新潮社)が良作だった。ついで注目すべきは新感覚の女性作家の作品だろう。
最果タヒの『十代に共感する奴はみんな嘘つき』(文藝春秋)をはじめ、雪舟えまの『恋シタイヨウ系』(中央公論新社)、少年アヤの『果てしのない世界め』(平凡社)などがそうだ。とりわけ雪舟作品は、太陽系の惑星を舞台としたSFで、ハードSFのような科学的論理に依拠せず、ひたすらポップに恋愛を描く。この突き抜けた感覚が味わい深かった。なお異業種の純文学参入という意味では、SF作家である宮内悠介の『カブールの園』(文藝春秋)と、エンタメ系作家でもある海猫沢めろんの『キッズファイヤー・ドットコム』(講談社)も必読だろう。とくに後者のクラウドファンディングを利用したソーシャル子育て。ありそうな話だと感心した。
中堅作家では、温又柔の『真ん中の子どもたち』(集英社)、滝口悠生の『高架線』(講談社)、上田岳弘の『塔と重力』(新潮社)、高橋弘希の『日曜日の人々』(講談社)と『スイミングスクール』(新潮社)が安定したクオリティを発揮した佳作だった。このうち二作品に言及すると、まず温作品は、上海にある日本語の専門学校を舞台に、日本人の父と台湾人の母との間に生まれた女性が現地の先生や留学生と交流するなか、台湾なまりの中国語を起因とした問題で新しい自己を模索する。個人と言語との関係性、あるいは一〇年代のポスト「ポストコロニアル」批評の文脈で作品は読まれるべきだろう。また滝口作品は、かたばみ荘という木造の老朽アパートを舞台に、それが取り壊されるまでの入居者の諸相を描いたもの。話者が七人いるので複数の声で語られたポリフォニーな作品といえるが、そこは滝口作品なので最後に一ひねりがある。結果的に多声的でありながら単声的でもあるという驚きに満ちた作品に仕上がっている。その他では、芥川賞を受賞した山下澄人の『しんせかい』(新潮社)をはじめ、金原ひとみの『クラウドガール』(朝日新聞出版)、羽田圭介の『成功者K』(河出書房新社)、松浦寿輝の『名誉と恍惚』(新潮社)などは、純文学の中核に位置づけられる作品なので読んで当たり前だと思われる。

最愛の子ども(松浦 理英子)文藝春秋
最愛の子ども
松浦 理英子
文藝春秋
  • オンライン書店で買う
さて本年度のトップ五。まず松浦理英子の『最愛の子ども』(文藝春秋)は、三人の女子高生による疑似家族を主題としたもので、戦前の「エス」以来、日本独自に発展してきた百合文学を組み立て直し、異性愛家族のパロディとして提示したもの。
 R帝国(中村 文則)中央公論新社
R帝国
中村 文則
中央公論新社
  • オンライン書店で買う
また中村文則の『R帝国』(中央公論新社)は、R帝国の最北の島であるコーマ市における奇妙な戦争をめぐる策謀を主題としたもので、反転した現実を虚構の力で捻り、その「捻転した現実」を提示する体の「メタ思想小説」。この二作品は本紙で詳細に書評したのでそちらを参考に。
また古川日出男の『平家物語 犬王の巻』(河出書房新社)は、盲目の少年・友魚が琵琶法師となり、近江猿楽の太夫の息子・犬王とともにのし上がっていく様を描いたもの。古川が現代語訳を担当した『平家物語』の補遺のような作品だが、異様な姿形で生まれた犬王が美しい相貌にトランスフォームしていく過程がスピード感に溢れた文体で描かれ、新たなる古川文学を楽しめた。
囚われの島(谷崎 由依)河出書房新社
囚われの島
谷崎 由依
河出書房新社
  • オンライン書店で買う
そして本年度の最高傑作が、谷崎由依『囚われの島』(河出書房新社)と青来有一『小指が燃える』(文藝春秋)である。谷崎作品は、新聞記者の女性が盲目の調律師と出会うことを契機として、彼女がみていた夢や取材していた蚕の話とリンクし、しだいに幻想小説のようになる。蚕都と呼ばれた村と、沿岸にある閉ざされた島。オルターエゴ、万葉集の相聞歌、異類婚説話などを巧みに散種しつつ、物語として破綻なくまとめる。これは人間業ではないだろう。
小指が燃える(青来 有一)文藝春秋
小指が燃える
青来 有一
文藝春秋
  • オンライン書店で買う
他方、青来作品の表題作は、南方の戦場での敗残兵を描いた自身の原稿をリライトするという話だが、話者の脳裏に浮かぶ私的な想念を読者が共有する体の新しい文学。戦場や長崎の爆心地をテーマとした作品を発表し続ける青来文学の新しい展開を垣間見た。以上の二作は甲乙付けがたい傑作だった。
この記事の中でご紹介した本
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
町口 哲生 氏の関連記事
回顧総評のその他の記事
回顧総評をもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究 > 日本文学研究関連記事
日本文学研究の関連記事をもっと見る >