フロイトの矛盾 フロイト精神分析の精神分析と精神分析の再生 書評|ニコラス・ランド マリア・トローク(書肆心水)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月2日 / 新聞掲載日:2016年9月2日(第3155号)

フロイトの矛盾 フロイト精神分析の精神分析と精神分析の再生 書評
内的矛盾こそが重要な意味を持つ フロイトの理論と実践に内在する矛盾を抉り出す

フロイトの矛盾 フロイト精神分析の精神分析と精神分析の再生
出版社:書肆心水
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本書は、ニコラス・ランドとマリア・トロークというニコラ・アブラハムの身内であり精神分析を専門とする二人の研究者によって書かれた著作である。身内というのは、前者のニコラス・ランドはアブラハムの甥(本書では甥としてのフロイトが問題になる)であり、後者のマリア・トローク(法政大学出版局から邦訳が2006年に出ている「狼男の言語読本」の著者でもある)はアブラハムの伴侶であったということだ。

本書の要は、フロイトの理論と実践に内在する矛盾を抉りだすということであるが、だからと言ってフロイトの理論と実践が無用のものであると主張しているのではなく、むしろ、その内的な矛盾こそが重要な意味を持っているという論旨である。それは、例えば、本書の第一章「夢の解釈」において、夢は一義的に解釈可能であるという主張と多義的にしか解釈できないという主張の両方が(20―25頁)、夢の解釈は夢を見る人の参加を要請するという主張と要請しないという主張の両方が(26頁)、フロイトの「夢解釈」に併存しているというような矛盾である。

第二章「心的現実という観念とその罠」では、大人による誘惑に関して、1897年まではファンタスムなのか現実なのか、という問いがフロイトの理論と実践において立てられてきたが、それ以降は、無意識においては真実と虚構の区別は不可能だと断言する(38頁)。だが、本書での主張では、1897年以降も、こうした誘惑が真実でもあり虚構でもあるという両方の主張が共存したままでいるのではないかということである。1924年の「みずからを語る」の時期は、本来は当然乗り越えられていると考えられている時期であるが、それでもなお、「共存」は続いているというのである。そもそも、現在の記憶は、ある出来事に関する本物の記憶に対するスクリーンではなく、下部に潜む無意識的ファンタスムに対するスクリーンということになるからである(49頁)。

さらに、フロイトの「W・イェンゼン著『グラディーヴァ』における妄想と夢」へと話を進められるが、小説「グラディーヴァ」の登場人物考古学者ノルベルトにおいて性的抑圧はあったという主張となかったという主張の併存があるという意味では、基本的には夢解釈における二つの矛盾した主張の併存と同じ構造を読み取っていると言える。

それでは、フロイトの精神分析自体が、その創始者フロイトのトラウマから誕生したのか否かという本書のハイライトをなしている問いへと移ろう。それは、1865年から66年にかけて、つまり、フロイトが9歳か10歳の頃のフロイト家を襲った破滅的出来事がフロイトに与えたトラウマ的な影響についてである。ランドとトロークは、当時のウィーン新聞を入手して、その「事実」がどうであったかに迫ろうとする。それは、フロイトの叔父ヨーゼフが贋造紙幣の所持者であったために、10年の重禁固刑を受けたという記事である。ヨーゼフがそのような行為を働いたことが事実かどうかはここでは重要ではない。あくまでトラウマが真実か虚構かという区別は不可能だという仮定のもとに本論は展開されていく。「もし家族を襲った破滅的出来事が不名誉な烙印として経験されていたのなら、内側に向けても外側に向けても、そのことを気ままに話すことはありえない。」(207頁)。

こうしたフロイト家のトラウマが、フロイトの理論の中に孕む内的な矛盾として現れる。それはフロイトの著作の中では、「何とか加工して統合する作業は妨害され」(209頁)、夢解釈の中のフロイトの夢の中にそれが示されている。具体的には、叔父の夢、トゥーン伯爵の夢、「生きなかった(Non vixit)」の夢、灰色の馬の夢、戸外の便所の夢、植物学研究書の夢、解剖の悪夢などの中に強迫的反芻として現れているという。例えば「植物学研究書」の夢に関して、フロイト自身のこの夢を巡る記憶において、「父がちょっとふざけてみたかったのか、私とすぐ下の妹にカラー図版入りの本(ペルシア旅行のことを書いたものだった)を渡して、破っちゃっていいからね、と言ったのである」(夢解釈I228頁)、という箇所について、ランドとトロークは「実際われわれの考えでは、この夢の、幼児期に起源をもつとされる動機、つまり引き裂かれた書物――またそもそも、フロイトはその記憶が本物かどうかに疑いを差し挟むことになる――は、実際には幼少期の辛い思いを生んだ源泉、すなわち偽金事件との関連で起きた転位なのである」(247頁)と述べている。

さて、トラウマにおける原初的出来事の真実性とは何かと言う本書の中心をなす問いから何を引き出すことができるのだろうか。現在の精神医学においては、トラウマ、つまり、心的外傷後ストレス障害の診断に、「実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、…曝露」(アメリカ精神医学会の診断基準のDSM―5による)とあるように「実際にそれを体験した」という「事実」が強調されている。これはこれでもちろん診断としては正しいのであるが、「実際に…」と言いながらトラウマのこのような原初的出来事の真実性が問えないところにトラウマの本質があるのではないか、というのが本書の主張だろう。そのような逆説性をトラウマやフロイトの理論が持っているし、さらに言えば、人間の精神そのものも時間的前後関係による因果性では辿ることのできない逆説性を持っていると言っているようにも思われる。こうした知的好奇心を、微妙なニュアンスを伝えてくれる名訳によって経験することができるのが本書である。しかも、我われの知的好奇心すらもが、内的な矛盾によって成り立っているとしたらどうであろうか。(大西雅一郎訳)
この記事の中でご紹介した本
フロイトの矛盾   フロイト精神分析の精神分析と精神分析の再生/書肆心水
フロイトの矛盾 フロイト精神分析の精神分析と精神分析の再生
著 者:ニコラス・ランド マリア・トローク
出版社:書肆心水
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