2017年回顧 映画 画面に映し出されたものを丁寧に記述して映画の魅力を語り尽くす|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年12月27日 / 新聞掲載日:2017年12月22日(第3220号)

2017年回顧 映画
画面に映し出されたものを丁寧に記述して映画の魅力を語り尽くす

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『牯嶺街少年殺人事件』の再公開を機に出版された田中竜輔、山本純也編『エドワード・ヤン―再考/再見』(フィルムアート社)は、多彩な論考やインタビュー、対談を収めた読み応えのある書物だ。特に、「静穏な透明さを超えて」と題された蓮實重彥の『牯嶺街少年殺人事件』論は突出した出来映えである。難解な語彙を用いず、映画の技術的な用語も最小限の使用にとどめながら、画面に映し出されたものを丁寧に記述してこの映画の魅力を語り尽している。映画に登場する歌が説明されるくらいで、ヤンの他の作品や他の監督の作品への言及さえも最低限にとどめられている。つまり、一般の観客でも容易に指摘できるようなことだけで議論を構成しているのだ。こうした条件のもとで論者の鋭い映画的感性と的確な記述が突出するのだから、感服せざるを得ない。例をひとつだけ挙げておこう。議論の出発点として、ヒロインの少女が医師と話をする診療所の書斎の場面が選ばれている。『牯嶺街少年殺人事件』は映画狂ならずとも興奮する目覚ましい場面の連続からなり、蓮實重彥もそうした場面を的確に論じている。だが、診療所の書斎の場面はそのなかではかなり地味で、一般の観客にも分かりやすい映画的仕掛けとしては少女の被る帽子が目立つくらいだ。蓮實重彦はこの場面で例外的に漲る「静穏な透明さ」に注目し、その実質を問うことからヤンの不穏な傑作の論考を始めている。こうした卓越した着眼によって、映画の尋常ならざる魅力が明瞭に浮かび上がるのだ。診療所の書斎の場面の例外的な輝きを的確に指摘できる批評家が、果たして他に何人いるだろうか。

『アウトレイジ 最終章』の公開にあわせて刊行された田中竜輔、山本純也、薮崎今日子編『映画監督、北野武。』には、上野コウ志が優れた論考を寄せている。「究極のヤクザ映画」と題された『アウトレイジ』三部作論だ。上野コウ志もまた、最小限の映画史的言及や北野武の他の作品との比較を除けば、技術的な用語も一切使わずに、三部作の魅力を作品に沿って丁寧に論じている。実力のあるベテランは皆このような境地に到達するのか。批評の型は無数にあるが、興味深い現象である。
『散歩する侵略者』の公開にあわせて出版された「文學界」編集部編『世界最恐の監督 黒沢清の全貌』も充実した書物で、黒沢清の対談やインタビュー、エッセイ、批評家による監督の作品論などが収められている。『リアル~完全なる首長竜の日~』をめぐるインタビュー(「映画には「リアル」も「アンリアル」もない」)で、黒沢清は題名のリアルという語について質問される。「僕は当初ものすごく抵抗を感じたんです」(一七三頁)と監督は答え、リアルかアンリアルかは、虚構(フィクション)としての「物語上の話でしかない」(一七四頁)と説明する。黒沢清のこの認識は重要だ。ただ映写という事実があるだけで、その映像には真にリアルなものなど何もない。ドキュメンタリーでさえ、全て虚構なのだ。黒沢清の映画の強みはまさにこうした認識にあるし、蓮實重彥と上野コウ志の批評も、虚構がいかに演出されているかという考察を基本に据えている。現代の映画も映画批評も、虚構をめぐるこの認識からしか始まらない。

最後に今年の収穫として、ミリアム・ブラトゥ・ハンセン著『映画と経験 クラカウアー、ベンヤミン、アドルノ』(法政大学出版局)、長谷正人著『ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化』(東京大学出版会)、金子遊著『映像の境域―アートフィルム/ワールドシネマ』(森話社)も挙げておきたい。
この記事の中でご紹介した本
エドワード・ヤン 再考/再見/フィルムアート社
エドワード・ヤン 再考/再見
著 者:蓮實 重彥
出版社:フィルムアート社
以下のオンライン書店でご購入できます
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌/文藝春秋
世界最恐の映画監督 黒沢清の全貌
編 集:「文學界」編集部
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
映像の境域 アートフィルム/ワールドシネマ/森話社
映像の境域 アートフィルム/ワールドシネマ
著 者:金子 遊
出版社:森話社
以下のオンライン書店でご購入できます
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