2017年回顧 論調 ◇荒れ野の一年◇ ―― 人より金の世の中|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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2017年12月27日

2017年回顧 論調
◇荒れ野の一年◇ ―― 人より金の世の中

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「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」。故ヴァイツゼッカー元ドイツ大統領の有名な演説の一節だ(『荒れ野の40年』)。本欄では今年、計一〇五本の評論等を取り上げた。とくに読み応えがあったものを中心に、一年を回顧しよう。

次の一節は日本の今をよく捉えている。「『現下にみられるのは資本主義と民主主義の相克において、資本主義の論理が生活世界を侵食し尽くしている光景だ』(吉田徹「『グローバリズムの敗者』はなぜ生まれ続けるのか」『世界』一月号)。かつては『ケインズ主義型福祉国家』が資本主義と民主主義を媒介した。『新自由主義政策』がそれを破壊した」(本欄一月)。金権が人権を侵食する荒れ野だ。

子どもの貧困は典型例だ。「『貧困の女性化』『ワーキングプア』『子どもの貧困』が『互いに重なり合っている』(武川正吾「いまなぜ、子どもの貧困か」『世界』二月号)」(本欄二月)。複合的対策が必要だが、「自己責任論がそれを長く阻んでいる。近年の社会調査でも、『貧困は努力が足りないから』と考える人が『四分の一』を占めた。新自由主義者に多い『思い込み』が、貧しい子どもを追いつめる」。付言すれば、“思い込み”と言うより、福祉増税を避けたいがための、負担の“押し付け”だろう。新自由主義を批判した異端の経済学者は言う。貧困は「本人の無能力によるか本人の選択による」との「アピールが普及したおかげで、アメリカ人は良心と社会的関心を回避して自己満足に酔うことができるようになった」(J・K・ガルブレイス『満足の文化』)。後追いの日本も、金の亡者が幅を利かせる世の中になった。

原発事故も人より金を優先させた人災だ。東電は「『新指針を踏まえた安全性の再評価』たる『耐震バックチェックを終える計画』だったのに、元副社長の『武藤栄氏』が『方針を変更し』、『チェックを何年も先送りし』た(海渡雄一「吉田調書は何を提起したか」『世界』四月号)」(本欄四月)。「『汐凪さん(当時七歳)』が『五年九ヶ月』ぶりに『発見された』(尾崎孝史「汐凪が帰ってきました。」『世界』四月号)。『大熊町』は『震災翌日に全町避難の指示』により『バリケードで閉ざされた』。『がれきの中から』見つかったのは『下顎と歯』、『ほんの一部』の『骨』、『マフラー』だ。『がれきの移動』で『バラバラにされ』、『別のがれきが積み上げられ』…。父の紀夫さんは言う。『汐凪は原発事故の犠牲になって、見捨てられたような気がします』。『避難した時、汐凪は生きていたかもしれない』『捜してやれない[略]その心の痛みを東電の経営者はどう考えるのでしょうか』」。

汐凪さんは象徴的だ。人より金の世の中では、被害者や困窮者は見捨てられる。「少数者への富の集中と貧困者の量産が、アベノミクスの本性である。[略]よほどの富裕層でもないかぎり『現政権を支持するのは、牛や豚が肉屋を支持しているようなもの』で、『オーウェルの『動物農場』と同じ』である(斎藤美奈子、大内裕和「『日常の戦争化』に抗する」『現代思想』四月号)」(本欄十月)。イシグロの『わたしを離さないで』とも重なる。舞台の寄宿学校では「『臓器提供のためのクローン人間が作られている』から、『近未来ディストピア小説』ではあるものの(真野泰「カズオ・イシグロのボーダーレスな小説世界」『世界』十二月号)、日本の今を見るようだ。語り手キャシーの友人たちは『四回の臓器提供を終えて死んでゆく』。[略]友人たちは“即戦力”として、支配層により決定済みの人生コースを歩む。利用する“価値なし”と判定されるまで。[略]学校を出る前も出た後も収容所なのは、日本と同様だ」(本欄十二月)。

新自由主義は教育を侵食する。「安倍政権は『軍学協同を推進』し、『科学技術を軍事に応用する競争的資金制度をつくった』(浅野健一「アベ政治翼賛で劣化する「大学」と「御用学者」」『紙の爆弾』十月号)。大学予算は削減の一途だが、競争的資金の『一七年度の予算は前年度比十八倍の一一〇億円に急増』だ」(本欄十月)。ノーベル賞受賞者の「梶田隆章氏は『[大学の]運営費交付金の削減をやめるべきだ』と説く(梶田隆章「このままでは日本の基礎研究はダメになる」『中央公論』二月号)。[略]氏は、競争的資金について『経済活動に繋がるような研究をエンカレッジする方向性があるんだろう』と訝り、『選択と集中』を『大変疑問』とする」(本欄二月)。同じくノーベル賞受賞者の益川敏英氏も「『安倍さんには辞めてもらう』と檄を飛ばす(浅野健一「ノーベル賞・益川教授が語る「安倍政権は一線を超えた」」『創』十月号)。『安保法制』は『立憲主義』に『真っ向、敵対する』。[略]『文系学部はいらないとか、人文・社会科学はいらないなんて、バカなことを』。首相にとって、金儲けと軍事に“役立つ”学問以外は、議会と同じく不要である」(本欄十月)。

新自由主義は軍事に親和的で、「儲けるためならば何をしてもいい、挙句にそれを阻止するものがあれば水爆を落としてもいい」と考える(宇沢弘文『人間の経済』)。M・フリードマンの説だ。また新自由主義は民主主義を、市場の自動調整機能の阻害要因と見る。議会は不要だ。市場の論理に従い、困窮者らは見捨てられる。「悪魔の挽臼」だ(K・ポランニー『大転換』)。

首相は九条改正に意欲満々だ。「想田和弘氏は、『「戦争法」が施行され』、『9条そのものが殺された』ため、『「新9条」を創らなければ、日本の平和主義は9条とともに朽ちていく』と主張する(想田和弘「「新9条」を創る」『社会運動』一月号)」(本欄五月)。氏は「自衛隊を『自衛戦力』とする」とともに、「恣意的な解釈が不可能なくらい明確に書き込んだ『新9条』を制定すべき」と説く。だが杉田敦氏は「新九条に『個別的自衛権と書けば、定義問題が終わるなどというのは幻想』(杉田敦「九条は立憲主義の原理を示す」『社会運動』一月号)」と批判する。「『アメリカは[略]個別的自衛権の行使だと主張してアフガニスタンに戦争をしかけました』」。それに「戦力たる『自衛隊は今までの自衛隊とは性格が変わります』。[略]『「これは軍隊である」と解釈され、軍隊であればアメリカ軍と同様に海外での武力行使ができるのではないか、という解釈が必ず出てきます』。[略]結果的に『「新九条」論は自民党による改憲をサポートしてしまう』」。想田氏を含め新九条論者は、現行の自衛隊を違憲とする。そのように言う者がいるとの理由で、首相は改憲を唱えた。もうサポートしてしまった。軍需産業は歓喜だ。

冒頭の元大統領の演説はこう続く。「非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい」。“記憶にございません”は日本政治の常套句だ。“記録がございません”も連発中だ。非人間的行為は続くようだ。心に刻もう。
2017年12月22日 新聞掲載(第3220号)
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