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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月2日 / 新聞掲載日:2016年9月2日(第3155号)

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人の営みの根底にあるもの 実感に裏打ちされた言葉には無駄がない 


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常々写真家には名文家が多いと思っているが、石内都もその例に漏れない。簡潔で潔い文章、対象の背後に分け入っていく細やかな視線。実感によって裏打ちされた言葉には無駄がない。

三冊目のエッセイ集となる『写真関係』は不思議なタイトルだ。「写真」との関係、写真に写される対象と写真家との関係、写真を媒介として生まれるモノや人との関係。そこには写真を通じて生まれる様々な関係性が描かれるとともに、写真と関係をもって生き、その歴史に確実に足跡を刻んでいる石内の写真家としての自負がうかがえる。「写真の関係として生きている限り、他者よりも見るという責任がある」と石内は言い切る。

「関係」という言葉には時に恋愛や肉体関係も含まれる。粒子に惚れて写真をはじめたという石内にとって、長時間の暗室作業のなかから生みだされるモノクロームの写真は自分で抱きしめて身体の一部になったような一体感が伴うという。対して、母の遺品の赤い口紅の撮影からはじまったカラーフィルムの写真には、自然さと自分の手からすばやく離れるスピード感がある。「mother’s」のシリーズにまとめられた遺品たちは、母と子という個人的な関係の軛から解き放たれ、他者の記憶へと開かれた「写真」になる。ヴェネチアと東京で展示された「mother’s」は、写真家を「ひろしま」、そしてメキシコへと導く媒体となった。

『写真関係』と同時期に出版された『フリーダ 愛と痛み』。ヴェネチアでの「mother’s」の展示を見たキュレーターからの依頼を受け、それまで格別に興味もなかったフリーダ・カーロの遺品をメキシコで撮影する。木洩れ日の落ちる柔らかい青い光のなかで写されるコルセットは、フリーダ亡き後もその身体のかたちを宿し、矯正具というよりは、虚ろな肉体を包み込んで保護する繭のようだ。フリーダの足に合わせ左右で高さの違うブーツ、繕いの跡をいくつも残すストッキング、細やかなレースとビーズ飾り、使いかけのマニキュア、水に身をゆだねたバスタブ、鎮痛剤。そこにはフリーダが生きた時間、感情の襞―悦びと痛み―が幾重にも折り重なっている。写真集の最後に小さく差し挟まれた、暗闇に光るフラッシュのなかに仮面とともに写る石内の自写像からは、遺されたモノとの対話を通し、闇の部分をも分かち合ったフリーダに対する限りない共感がうかがえる。

それにしても、エッセイのなかで解きほぐされる石内の「写真」の軌跡が、過去、現在、未来を結ぶしなやかで強靭な糸のように縒り合っている様には感服するほかない。基地の町を写したデビュー作「絶唱、横須賀ストーリー」は、戦後史の原点ともいえる広島への道筋を作り、「ひろしま」で写された絹の衣服は、母の故郷でもあり、自身が生まれた上州の産業である「絹の夢」へと繋がっていく。写真と関係を持つということ、それは自身の記憶、社会の歴史、現実の人やモノ、そして他者や未来との接点をみつけることにほかならず、人の営みの根底にあるものだ。写真への情熱と信頼に満ちた石内の言葉と写真は、死すべき定めの人間の束の間の生への賛歌でもある。
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