回顧総評
回顧総評をもっと見る >
西洋史の関連記事をもっと見る >
更新日:2017年12月28日
/ 新聞掲載日:2017年12月22日(第3220号)
2017年回顧 西洋史
今年の日本の史学界はホワイト・ルネサンス
今年の日本の歴史学界は「ホワイト・ルネサンス」とでも呼ぶべきだろうか。まず今春にヘイドン・ホワイトの論集『歴史の喩法』(上村忠男編訳・作品社)が刊行された。歴史の物語論に関するホワイトの主要な論文を、一九七〇~九〇年代の三冊の原著からピックアップして編まれたものである。
だが何より特筆すべきは、このホワイトの代表作『メタヒストリー』(岩崎稔監訳・作品社)が遂に刊行されたことである。やや遅きに失した感もあるが、それでも本紙で特集が組まれているように、このたびの翻訳は今の日本の人文学にとってもやはり一つの「事件」であった。
だがそれに加えてもう一冊、同じホワイトによる最新の論集『実用的な過去』(上村忠男・岩波書店)が刊行されたことで、今回の『メタヒストリー』も再び相応のアクチュアリティを持つことになった。ホロコーストのように表象不可能とされる過去の出来事に「歴史の詩学」はどう向き合うべきか。一九九〇年代以降、歴史の物語論には常にこの問題がつきまとってきたが、この点に関するホワイトの思考の軌跡を当該論集で確認できる。
こうした純理論的次元とは別に、フランス・アナール学派の最新の動向を把握するのに適したものとして、小田中直樹編訳『歴史学の最前線』(法政大学出版局)がある。
なお今年は宗教改革五百周年かつロシア革命百周年という、西洋史界隈では二重の意味で記念の年であっただけに、この両出来事に関する書籍の出版も目立った。深井智朗『プロテスタンティズム』(中公新書)は、ルターに始まるプロテスタントの諸潮流を概観しながら、現代ヨーロッパ政治における保守主義の源流を探究する。踊共二編著『記憶と忘却のドイツ宗教改革』(ミネルヴァ書房)は、最新の研究動向を踏まえつつ近世ドイツのプロテスタンティズム運動の諸相を詳らかにしている。
ロシア革命関係では、池田嘉郎『ロシア革命』(岩波新書)が年初に刊行された。十月ではなく二月革命の臨時政府にスポットライトを当てた点で、類書とは一線を画すロシア革命史と言える。また『ロシア革命とソ連の世紀』(池田嘉郎ほか編著・全五巻・岩波書店)は、国際政治・スターリニズム・平和競争・思想と芸術・民族問題等々の諸相を通じてソ連の新たな相貌を浮き彫りにした叢書。チャイナ・ミエヴィルの『オクトーバー』(松本剛史訳・筑摩書房)は、ロシア革命を小説形式で描いた珍しい例である。
ほかにも個別に興味深い新刊がある。たとえば武井彩佳『〈和解〉のリアルポリティクス』(みすず書房)は、戦後の西ドイツ政府による「過去の克服」政策とパレスチナ問題との共犯性を暴いた良書。藤原辰史『トラクターの世界史』(中公新書)は、二〇世紀の文明社会を陰で支えたトラクターという観点から現代史を語り直したものである。
だが何より特筆すべきは、このホワイトの代表作『メタヒストリー』(岩崎稔監訳・作品社)が遂に刊行されたことである。やや遅きに失した感もあるが、それでも本紙で特集が組まれているように、このたびの翻訳は今の日本の人文学にとってもやはり一つの「事件」であった。
だがそれに加えてもう一冊、同じホワイトによる最新の論集『実用的な過去』(上村忠男・岩波書店)が刊行されたことで、今回の『メタヒストリー』も再び相応のアクチュアリティを持つことになった。ホロコーストのように表象不可能とされる過去の出来事に「歴史の詩学」はどう向き合うべきか。一九九〇年代以降、歴史の物語論には常にこの問題がつきまとってきたが、この点に関するホワイトの思考の軌跡を当該論集で確認できる。
こうした純理論的次元とは別に、フランス・アナール学派の最新の動向を把握するのに適したものとして、小田中直樹編訳『歴史学の最前線』(法政大学出版局)がある。
なお今年は宗教改革五百周年かつロシア革命百周年という、西洋史界隈では二重の意味で記念の年であっただけに、この両出来事に関する書籍の出版も目立った。深井智朗『プロテスタンティズム』(中公新書)は、ルターに始まるプロテスタントの諸潮流を概観しながら、現代ヨーロッパ政治における保守主義の源流を探究する。踊共二編著『記憶と忘却のドイツ宗教改革』(ミネルヴァ書房)は、最新の研究動向を踏まえつつ近世ドイツのプロテスタンティズム運動の諸相を詳らかにしている。
ロシア革命関係では、池田嘉郎『ロシア革命』(岩波新書)が年初に刊行された。十月ではなく二月革命の臨時政府にスポットライトを当てた点で、類書とは一線を画すロシア革命史と言える。また『ロシア革命とソ連の世紀』(池田嘉郎ほか編著・全五巻・岩波書店)は、国際政治・スターリニズム・平和競争・思想と芸術・民族問題等々の諸相を通じてソ連の新たな相貌を浮き彫りにした叢書。チャイナ・ミエヴィルの『オクトーバー』(松本剛史訳・筑摩書房)は、ロシア革命を小説形式で描いた珍しい例である。
ほかにも個別に興味深い新刊がある。たとえば武井彩佳『〈和解〉のリアルポリティクス』(みすず書房)は、戦後の西ドイツ政府による「過去の克服」政策とパレスチナ問題との共犯性を暴いた良書。藤原辰史『トラクターの世界史』(中公新書)は、二〇世紀の文明社会を陰で支えたトラクターという観点から現代史を語り直したものである。
この記事の中でご紹介した本

村上 宏昭 氏の関連記事
回顧総評のその他の記事
歴史・地理 > 西洋史の関連記事