田原総一朗の取材ノート「保守とリベラル、どこが違うか」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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田原総一朗の取材ノート
更新日:2018年1月9日 / 新聞掲載日:2018年1月5日(第3221号)

保守とリベラル、どこが違うか

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いま、保守、リベラルについての議論があらゆるメディアで盛んに行なわれている。

一つのきっかけになったのは、衆院選挙に向けて、民進党と希望の党が合流する、と誰もが考えていて、民進党代表の前原誠司氏もそのつもりだったはずだが、希望の党の小池百合子代表が、「全員を受け入れるつもりは、さらさらない」といい、「保守の議員たちは受け入れるが、リベラルは排除する」と宣言したことであった。

そこで、「排除」の対象となった枝野幸男氏たちが立憲民主党を立ち上げて、選挙の結果は野党第一党となった。

だが、枝野氏自身も、自分たちのことを「リベラル」とはいわず、「保守リベラル」と表明している。

実は、かつては日本の政界では、保守と革新が対立していたのである。

保守は、もちろん自民党であり、社会党、共産党が革新を唱えていた。つまり左翼政党である。彼ら革新は、日本を社会主義国家にすることを目指していた。
だが、ソ連邦が解体して、社会主義にリアリティがない、とする考え方が強まり、リベラルという主張が、それに取って代ったのだ。そして、社会党が分裂して民主党が立ち上がった。

民主党は保守の自民党に対して、リベラルを主張する政党のはずであった。だが、実際は、民主党の中に、保守を主張する議員たちが少なからずいた。彼らは、希望の党に移ったわけである。

それでは、保守とリベラルとはどこが違うのか。一般的には、現憲法を護る、つまり護憲派がリベラルで、改憲派が保守だと捉えている人々が少なくないと思うが、実は枝野氏自身、全くの護憲派ではない。

私は、保守とは、国益のためには、多少人権を抑えるのはやむを得ないと考えている人々で、リベラルとは人権を何としてでも守らなければならないと考えている人間だとだと考えている。

そして私は後者である。戦争を知っている人間としていっておきたい。昭和の戦争、つまり満州事変や日中戦争、そして太平洋戦争は、国益のためには、日本人の生命を犠牲にしてもやむを得ない、としてはじめて大失敗をしたのである。あらためて、国益のために、人権を犠牲にしてはならない、と強調したい。(たはら・そういちろう=ドキュメンタリー作家)
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