化粧の日本史 美意識の移りかわり 書評|山村 博美(吉川弘文館)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月2日 / 新聞掲載日:2016年9月2日(第3155号)

化粧の日本史 美意識の移りかわり 書評
化粧は社会や身体観を如実に映し出す鏡 

化粧の日本史 美意識の移りかわり
出版社:吉川弘文館
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古代から昭和の末期までの化粧文化史がまとめられた本書刊行を、大学生の卒論・修論テーマとして人気のある分野の入門書として歓迎したい。「あとがき」で、著者は「最も難しかったのは、各章の項目をどう絞り込むか」と述べているが、基本書を網羅している参考文献を見るだけで、かなり文章を刈り込んだことが窺える。数行の記述にとどめられているエピソードだけでも、周辺資料を丁寧に追うことで一本の論文として展開できる充実ぶりである。

第二に評価できる点は、本書が化粧を通して日本社会の変遷を映し出すことを念頭に書かれていることである。評者は研究者や開発者、化粧を業とする専門家などが会員の「化粧文化研究者ネットワーク」という研究会でなぜか世話人を務めているが、文系・理系問わず各界の専門家の話を伺うなかで実感したのは、化粧とそれに隣接する行為、アンチエイジング、美容整形、ダイエット、身体加工行為とその評価は、社会や身体観を如実に映し出す鏡であることである。

本書で評者が特に興味をひかれたのは、第二次世界大戦中の挿話だ。昭和一四(一九三九)年にパーマネントへの干渉があったことにより、後の世代には規制尽くしとの印象だが、戦時色が強まったのは昭和一二年七月以降という。一三年から一七年度にかけては、一六年度を除いて化粧品の生産実績は数量ベースで伸びている。原材料不足や規制の影響を受けつつも、化粧が女性の「みだしなみ」とされたこともあり、薄化粧は続けられた。だが、ついに一九年には、前年の約八割まで生産が落ち込む。資生堂はこのころ、落ちミカンや茶の実、彼岸花などを原材料にして化粧用アルコールをつくったというが、他の化粧品会社も軍需関連品を生産して乗り切った。著者が終戦前の二年間が「化粧の空白期間」と述べるように化粧行為や消費、生産が世相を映し出すことも明らかだが、戦時下の女性たちが美への執念を「断ち切らなかった」ことも印象ぶかい。

さて、眉を整え、スキンケアし、脱毛、エステにジム通いという「身づくろい」が男女ともに当たり前の現在は、昭和五〇年代から約四〇年間続くナチュラルメイク全盛期である。だが、思い起こしてほしい。平成に入るころに間欠泉のごとく流行したのが「ガングロ」、そして、その最終形の「ヤマンバ」メイクだった。「史上初の異性受けを狙わないメイク」と評されたガングロ世代は、すでに三〇代半ばに達している。こげ茶色に塗り、ツケマ(付けまつげ)の重ねづけとマスカラで「目力」を強調した顔から、自然派に回帰した女性たちは、今度はいつまでも「女の子でいたい」という。永遠のガーリー志向は、「大人の女性」が社会でまともに扱われないいらだちが反映しているのだろうか。著者が次作で、平成以降をどのように描くのかが今から楽しみである。
この記事の中でご紹介した本
化粧の日本史  美意識の移りかわり/吉川弘文館
化粧の日本史 美意識の移りかわり
著 者:山村 博美
出版社:吉川弘文館
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