二〇一七年度東京女子大学学会主催 公開連続講演会 歴史のなかの『LGBT』 第一回 「あいまいな性」への抑圧は文明開化から始まった ジェンダー&セクシュアリティの枠組の変化 講師:三橋 順子氏 (二〇一七年十月十九日)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年1月5日 / 新聞掲載日:2018年1月5日(第3221号)

二〇一七年度東京女子大学学会主催 公開連続講演会
歴史のなかの『LGBT』 第一回 「あいまいな性」への抑圧は文明開化から始まった
ジェンダー&セクシュアリティの枠組の変化 講師:三橋 順子氏 (二〇一七年十月十九日)

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二〇一七年度東京女子大学学会主催の公開連続講演会「歴史のなかの『LGBT』」(企画:史学部会)が、二〇一七年十月、四回にわたって開催された。

近年「LGBT」という言葉がメディアでも多く取り上げられ、同性パートナーシップ条例を含め、社会的な関心が高まる一方、同性愛やトランス・ジェンダーをめぐる状況が、国内外でどのような歴史的経緯をたどって形作られたかはあまり知られていない。本講演会では、広く学外から日本史・ドイツ史・アメリカ史を専門とする歴史研究者を招き、現代とは異なる多様な性の在りようや、現在の性・ジェンダー観が形成された経緯、現在の「LGBT」をめぐる現状などが講演された。『週刊読書人』ではこの連続講演を取材、各回の講演をレポートする(全四回)。 (編集部)
第1回
「あいまいな性」の歴史


講演の冒頭、三橋順子氏は次のように語った。

「今回のテーマは、歴史の中に「LGBT」がいるかどうかということ。「LGBT」そのものがいるわけではないが、「LGBT」的な非典型な性の人たち、あるいは「あいまいな性」の人たちは間違いなくいた。ところが日本の歴史学界はそこには焦点を当ててこなかった。そもそもマジョリティの性の歴史研究も決して豊かではなく、ましてや非典型な性の人たちの歴史は認識されてこなかった。欧米の研究状況では、「LGBT」の当事者性を持つ人が歴史学、社会学、文化人類学などを研究しているのは当たり前のことだが、日本の歴史学界はそういう状況にない」。
文明開化は抑圧の始まり 江戸から明治へ

三橋氏は、「あいまいな性」を持つ人たちの歴史と、そのような人たちがどうやって生き抜き、現代の日本社会に繋がっているのかについて今回は話すとして、「LGBT」の主な四つのカテゴリー(註1)や「LGBT」の概念を安易に歴史的に遡及させて解釈する「読み替え」ることの危険性、多様な性を持つ人たちを社会の中でどう認識するかの問題など、基本認識を交えて概観を説明。まず女形(二世)瀬川菊之丞が美人町娘(柳屋お藤、笠森お仙)を左右に従えてセンターに立つ鈴木春信「江戸三美人図」(一七六〇年代後半)など、「あいまいな性」を持つ人々が描かれた浮世絵を例に、江戸時代のジェンダーとセクシュアリティ観を説明した。

「日本の伝統宗教である神道・仏教には同性愛や異性装を禁じた宗教規範はない。平安から江戸時代にかけての仏教界は男色文化の温床だった。異性装(とりわけ女装)を伴う祭礼は今でも全国各地に残っていて、前近代の日本社会はそういう人たちを排除するのではなく特定の職能を与えることで存在を認める社会だった。そもそも性別を男女二分的に明確に判別しなければならないという考え方が違うのではないか、わからなくてもいいのではないか。そこに「あいまいな性」というものが存在する」。

ところが江戸時代までの大らかな性の概念は、明治の文明開化で大きく転換する。明治の文明開化期には、一八七二~七三年に現在の軽犯罪法の源流となる「違式詿違条例(いしきかいいじょうれい)」で異性装禁止条項(罰金刑)が、一八七三年の「改定律例」で鶏姦律(懲役九〇日)が制定され、異性装や肛門性交が犯罪化され刑罰が課せられた。文明開化期は性別越境者にとって抑圧の始まりだった。
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