近くて遠い時代へのつきぬ興味|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

ニューエイジ登場
更新日:2018年1月9日 / 新聞掲載日:2018年1月5日(第3221号)

近くて遠い時代へのつきぬ興味

このエントリーをはてなブックマークに追加
何が難しいと言って、「自分語り」ほど難しいものはない。大学での勉強と普段の読書から学んだ大きな教訓の一つは、自伝や回顧録と取り組むのがいかに難しいか、ということだ。人は意識して嘘をつくことがあり、また意識せずして隠し事や誇張を行うことがある。それだけに他の史料と突き合わせ、矛盾点などをあぶり出しながら研究することが大切だ。

ぼくは今、そんな難しい自分語りをやろうとしている。もとより、国家を動かした政治家や軍人ではないし、文化的な重要人物でもない。嘘をついたとて、後世の歴史家が困ることはないだろう。それでもやはり「自分語り」が難しいということに変わりはない。嘘をついていい理由にもならない。
自分は相当幼い頃から歴史が好きだった。最初は、ピラミッドのような古代遺跡に悠久のロマンを感じ、関連する本を読んでいた。それが徐々に日本のことに目を向けるようになり、次第に近現代史に興味が移ってきた。

今でも思い出すのは、小学生の頃に見たとあるテレビのドキュメント番組のことだ。内容はいわゆる「宮城事件」についてのものだった。

事件は昭和二十年八月十四日から十五日にかけて起こった、ポツダム宣言受諾に反対する陸軍若手将校による反乱なのだが、この事件に関連して一人の人物が自決している。それが、時の陸軍大臣、阿南惟幾である。阿南は反乱に参加した将校から大きな信頼を受けており、自身宣言受諾に反対する言動をとっていた。最終的に昭和天皇の「聖断」によって受諾は決定され、阿南は「一死以て大罪を謝し奉る」との遺書を残して切腹した。この「切腹」という死に方が、ぼくの中に強烈な印象として残った。

それまで「腹を切る」などと言えば時代劇の中で侍が行う死に方、という印象しかなかった。それが、たった五十年前にも実際に行われ、しかも同時代を過ごした人がまだ生きている(番組では反乱に参加した将校のインタビューも放送された)。この時のぼくは、なんとも言いようのない感動のようなものを覚えていた。

後付けで考えてみれば、この時感じたのは「戦争があった昭和」という時代への奇妙な羨望と畏怖、親近感と違和感がごちゃまぜになったものだったのだろう。まだその時代を生きた人々が数多く存在し、映像や音声も聞くことができる戦前・戦中の昭和という時代は、感覚では「現代」と同じだった。

その一方で、「切腹」という死に方がまだ生きており、自分の信念や「大義」というもののために自らの命を断つ、ということが行われていたという点で、明らかに異質な時代でもあった。「近くて遠い時代」、それが昭和、ひいては近現代に興味をもつきっかけだったのだと思う。
その後興味はひろがったりせばまったりしたことはあったが、「近現代」が眼中からなくなることはなかった。それから紆余曲折を経て、ついに今年小学館から『多田駿伝』を上梓することができた。激動の昭和に日中戦争終結を信念とし、陸軍大臣候補にまでなりながら大東亜戦争直前に現役を退かざるを得なかった多田という人物も、ある意味で「異質」な軍人だったと言えよう。歴史の波間に埋もれ、今まであまり光が当たることのなかった人物に焦点をあてるのは、難しさと同時に喜びもあった。また、書くのは著者であっても、出版までには多くの人の手を借りなければならないことを実感したのも、貴重な経験であった。

これから先、「歴史を書く」事を続けられるかどうかもわからないが、この「近くて遠い」時代への興味を失うことは、おそらくないであろう。
この記事の中でご紹介した本
多田駿伝: 「日中和平」を模索し続けた陸軍大将の無念/小学館
多田駿伝: 「日中和平」を模索し続けた陸軍大将の無念
著 者:岩井 秀一郎
出版社:小学館
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
岩井 秀一郎 氏の関連記事
ニューエイジ登場のその他の記事
ニューエイジ登場をもっと見る >
人生・生活 > 生き方関連記事
生き方の関連記事をもっと見る >