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2016年9月2日

「兵隊文庫」の仕組みと経緯には驚きの連続 


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第二次世界大戦の転換点となったノルマンディー上陸作戦。第一波上陸部隊の死亡率がほぼ100パーセントという激戦地がオマハビーチだった。米兵たちは死闘の末、崖に取りつくが、遅れて辿りついた兵士たちは、そこで印象深い光景を目にする。負傷兵たちが崖にもたれ、衛生兵を待ちながら本を読んでいたのだ。

「兵隊文庫」と言われるペーパーバックで、軍服の胸ポケットに合わせたサイズとズボンのポケットに入る二種類。戦場での不安を癒し、苛立ちを鎮め、次の戦いへの勇気を奮い立たせる「武器」として戦場に送り届けられていた。供給された数は1億4000万冊。既存の本ではなく、戦場でも携帯できる文庫として制作され、無料。そんなことができるのは国家的プロジェクト以外にない。「戦勝図書運動」と名づけられた戦地への「一大配本システム」が銃後でフル稼働していたのだ。ただプロジェクトについて、いままで語られることはほとんどなかったと著者は言う。それだけに本書で克明に綴られた仕組みと経緯には驚きの連続だ。

兵士たちが最初の「兵隊文庫」を受け取ったのが1943年。それから数年間に膨大な本を、欧州戦線だけでなく、太平洋戦線の島々まで「配本」していくのだ。いまはタヒチのリゾート地として知られるボラボラ島にも届けられていたという。恐るべき「兵站」力としか言いようがない。

陸軍が全ての訓練基地に図書館と娯楽施設を建設するという計画から始まり、「戦時図書審議会」が作られた。出版社代表、作家、ジャーナリスト、編集者、政府の重要人物らが集まって議論する。ラジオ番組を制作し、戦いの目的やいかにして平和を実現するかといった議論を喚起する書籍を紹介。戦時図書審査部会で、「必須」図書を選定した。反対や障害もあっものの、最終的には史上最大の「図書作戦」を完遂する巨大な仕組みを作り上げ、軍はもとより、出版界や国民が広く関わっていくさまは、米国の文化への信頼を見せつけられる感がある。

「思想こそ武器」。「思想戦における最強の武器と防具は、本である」と考えたのだ。敵国ドイツが、ナチスによって1億冊以上の書籍を「焚書」で葬りさってしまったのとあまりに対照的。ドイツも、日本も言論統制の厳しかった国が共に米国に敗れたのは、偶然ではなかったのかもしれない。

兵隊文庫からはいくつもの人気作品が生まれ、戦地では取り合いになるほど。兵士から感激の手紙が多くの作家に寄せられ、従軍記者は、本がいかに読まれているかをレポートとした。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』も、彼の存命中は失敗作と見られていたのが、兵隊文庫として出版されて人気となり、やがて米国文学を代表する作品になったという。

本が、結局は戦争の遂行に使われたことへの複雑な心境は終始ぬぐえなかったものの、意外性の連続にぐいぐい引き付けられて読み終えた。巻末に文庫リストも掲載してある。圧巻だ。
2016年9月2日 新聞掲載(第3155号)
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