汪暉氏に聞く<アジアにおける「世紀」の誕生>|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年1月8日 / 新聞掲載日:2018年1月5日(第3221号)

汪暉氏に聞く<アジアにおける「世紀」の誕生>

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第4回
「人民」と「政党」

汪 
 最後に一つ問題を取り上げたいと思います。二〇世紀の認識の枠組みの誕生によって、中国人は如何にして自分の前史を想像するようになったか、ということです。この問題において、連続性、断絶、また「革命」の意義を再び検討する必要があるように思います。これ以降、自我意識は、他の国家・民族の歴史を、自分の歴史に「置き換え」なければならなくなった、たとえば清末の議論ですね。清末において国家建設、政治体制をめぐって様々な討論が発生しましたが、それは中国伝統的な討論の方式とは質的に違います。つまりそれまでの論じ方は、孔子、孟子、聖人は何々曰くという具合に、必ず聖人の言葉を引用する伝統です。今中国革命を見るとき、まず一八九〇年以後、中国人は必ず日本を考えなればならないようになりました。さらに一九〇三年から〇五年にかけて、中国人が「革命」を考える時は、必ずロシア革命、フランス革命、トルコ革命、日本の革命、またアメリカ、ドイツ、および南アフリカも考慮にいれなければならない状態になった。そういうやり方にしたがって、各国の経験は、もう中国革命のなかに、つまり我々自身の問題のなかに組み込まれるようになった。さらに世紀の変わり目からの十数年後、五・四新文化運動の状況を見てみましょう。その時、中国人は、フランス革命の経験を崇拝し、次いでロシア革命の経験を崇拝するようになりました。さらに飛びまして、一九八九年の天安門事件に行き着く啓蒙運動を見てみましょう。この時、中国人はフランスとイギリスの啓蒙運動と比較した上で、イギリスの方を選択しました。しかしこれは比較とも選択とも、自分の内部の伝統によって生み出されたのではなく、外部から取り入れたものです。だから私は、二〇世紀を各国が互いに歴史を自分の前史とする時代だということ、つまり他人の歴史を自分の歴史の前史とする時代だ、と定義したいと思います。二〇世紀という概念は、ただ時間の問題ではなく、むしろ全世界の関係において定義づけられます。つまり、昔から今に至って未来にいく、という縦の軸ではなくて、横の移動が出来るようになった時代です。つまりイギリスは先進だ、誰々は遅れたという例ではありません。それは独特の歴史の時制に対する独特な方法です。
丸川 
 紙幅の都合で、最後に一つだけ質問をして、それにお答えいただきたい。一九世紀から二〇世紀にかけて生じた日本と中国のモダニティ、どこにその違いが最も表れたのでしょうか。今日の日中の間の歴史認識の「視差」にもかかわることだと思います。 
汪 
 それは民族形成の問題に尽きると思います。まず、辛亥革命により帝制がなくなり、中国では民族国家形成の方向が決定され、帝制を前提にしていた思想は無効になりました。だから康有為や梁啓超のような改良主義者たちは歴史の舞台から消えました。これが日本との最も大きな違いでしょう。明治日本についていうと、自由民権運動も一九世紀に属するものとして、民権、個人権、普遍的人権をめぐって展開されました。しかしそれが可能となっていたのは、日本では政治体制自体の合法性が疑われないのが条件でした。この運動に中国から最も接近したのは、先に述べた中国の改良主義者たちだった。しかしそこから中国は、民族国家形成に向かうなかで、さらに「人民」という概念を新たに生み出しました。中国人民という概念は元々存在しなかった。人民というものは自然に存在するものではなく、むしろ二〇世紀の政治プロセスによって作られたものです。さらに中国は内戦に入りますが、そうすると列強との間での主権をめぐる闘争もありつつ、むしろ内部の政党同士の闘争ということになり、そこで「(超級)政党」が決定的な作用を持つようになりました。

ここで難しい問題になるのは、「人民」が強調され、「(超級)政党」の働きが強くなった中国における「個人権」の問題ですね。振り返ると、清朝の末において、個人権をめぐる討論の影響はとても大きいものでした。たとえば魯迅やアナキストたちは、強く個人権を主張しました。彼らたちの個人権は、その根底に流れている傾向として、当時の国家体制そのものを否定するものでした。たとえば魯迅は「人国(人間の国)」という概念を提起しました。これは一般の国家ではなくて、古文に従うと、個人が自覚したとしたら、砂粒のようにバラバラになったものが変化していくということ。つまりこの「人国」は、むしろ政治上で討論される国家というよりも、人々が集まる社会という意味です。そして、そのなかには国家否定の傾向も存在している。各個人が個人の自覚というレベルに至る、そこで個性が発達する――そして砂粒のようなバラバラな国が人間の国になっていく――という枠組みですね。これも中国現代思想の一つのパターンであり、これも中国において伏流している思想なのです。 (おわり)
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