日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実 / 吉田 裕(中央公論新社)歴史学の手法で凄惨な戦場を再構成  部隊史や兵士の回想録、手記から明らかにする戦史|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年1月7日 / 新聞掲載日:2018年1月5日(第3221号)

歴史学の手法で凄惨な戦場を再構成 
部隊史や兵士の回想録、手記から明らかにする戦史

日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実
著 者:吉田 裕
出版社:中央公論新社
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『天皇の軍隊と南京事件』(青木書店、一九八六年)を書いたときに、南京攻略戦に関する記録を探すため各地をまわった。調査の対象は攻略戦に参加した各連隊の所在地にある県立図書館や市立図書館である。部隊史や兵士の戦争体験記など実に多くの記録が非売品や私家版などの形で残されていることを初めて知った。中には手書きの手記もあった。このときは、戦争犯罪に関する記述だけを、文献からいわば切り取ることに終始してしまっていて、兵士たちの戦場での生活や意識を内面的に理解するという問題意識はほとんどなかった。しかし、そのことは、漠然とした形ではあるが当時から自覚はしていて、どうしたら兵士に焦点をあわせた分析ができるかということをずっと考え続けてきたように思う。

他方で、この国では、戦闘や戦場の悲惨さを描いた厖大な数の著作が出版されている。そうした著作には大きな意義があると思うが、悲惨さを克明に描きつつ、参謀本部や軍司令官、参謀などの作戦計画や作戦指導の無謀さ、無能さを明らかにすることに力点があるものが多い。しかし、どのような歴史的背景の下で悲惨な戦闘が戦われることになったのかという問題意識は希薄であり、軍幹部の責任の追及にとどまっているという印象が強い。また、旧軍関係者や自衛隊関係者による戦史研究も多数存在するが、将来の戦争、戦闘に資する教訓(戦訓)を歴史から導き出すという性格が強すぎる。本書の狙いは、そのような現状を踏まえて、これまでと異なる手法、すなわち歴史学の手法で凄惨な戦場の現実を再構成してみるというところにある。

その際、重視したことは次の二点である。一つは、悲惨で凄惨な戦場の現実を、兵士たちの戦場での生活や意識、あるいは兵士自身の身体や心の問題にも目を配りながらできる限り、多面的に明らかにすることである。身体の問題とは、結核やマラリアへの感染、栄養失調、体格、体力の低下、戦争神経症などの諸問題である。このような分析を行う場合、旧陸海軍の公文書はあまり役にたたない。敗戦前後の時期に多数の公文書が焼却されていることもあるが、公文書には生々しい戦場の現実を反映したものが多くはないからだ。むしろ、各部隊の部隊史や兵士の回想記、手記が重要である。特に、今回の執筆では、作家の帚木蓬生さんの作品からヒントを得て、軍医関係の雑誌や回想記に注目してみたが、戦場の実相を知る上で大変有益だった。また、私自身、若手研究者の頃から、部隊史などを意識的に収集してきたし、靖国偕行文庫や昭和館で、軍事関係の文献を簡単に閲覧できるようになったこともありがたかった。

重視したもう一つの点は、戦場をいっそう悲惨なものにした「帝国陸海軍」の軍事的な特性を明らかにすることである。具体的には、軍事思想や軍事組織の特性、後発の資本主義国である日本の経済的後進性が、一人ひとりの兵士にどれだけ大きな負担を強いているのかを具体的に明らかにすることである。

十分な内容ではないかもしれないが、書き終えた今、いっぷう変わった「戦史」を書くことはできたという充実感を感じている。
この記事の中でご紹介した本
日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実/中央公論新社
日本軍兵士―アジア・太平洋戦争の現実
著 者:吉田 裕
出版社:中央公論新社
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