対談=臼杵陽×早尾貴紀 「大災厄(ナクバ)」は過去ではない イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』と米・エルサレム首都承認問題|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年1月12日 / 新聞掲載日:2018年1月12日(第3222号)

対談=臼杵陽×早尾貴紀
「大災厄(ナクバ)」は過去ではない
イラン・パペ『パレスチナの民族浄化』と米・エルサレム首都承認問題

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第4回
歴史家イラン・パペの戦略と功績

早尾 
 この本で、最も力点が置かれているのは、シオニズム側の主体的で計画的なたくらみによって、「民族浄化」を通じイスラエル建国が成ったという点ですね。パぺ氏のした仕事は、シオニズム側から今まで語られてきたような“土地なき民に、民なき土地を”といったスローガンを無効化し、旧来の建国神話をひっくり返したこと。そのために、非常に戦略的に書いている、ということです。
臼杵 
 そうですよね。もう一つ、イスラエル側はホロコーストという世界的大事件を利用して、自らを正当化をするという側面もありました。 
早尾 
 イスラエルに対する批判をかわす道具の一つとして、政治的にホロコーストの悲惨さ、犠牲者の語りを導引していくわけですね。アイヒマンという「極悪非道のナチスの幹部」を、エルサレムで裁判にかけることで、もう一度ホロコーストへ世界の注目を集め、ホロコーストがあったからこそ、今イスラエル国が必要なのだ、という物語を再構築していった。

ホロコーストはアンタッチャブルな出来事ですから、それを持ってこられたら国際社会は、イスラエルを批判しにくくなる。しかし例えばハンナ・アーレントは、アメリカに移住して、シオニズムから一定の距離を取っていたので、そのことが白々しく見えた。それで『エルサレムのアイヒマン』を書いたところ、シオニストのコミュニティから激しくバッシングされ、論争になっていくわけです。

アーレントがユダヤ人で、しかもナチス政権から亡命してきた経験があるからこそ、その語りを見過ごしにできないところがある。それはイスラエルのユダヤ人歴史家であるパぺにも重なるところがあります。
臼杵 
 イラン・パペの存在の重要さとは、ユダヤ系イスラエル人でありながら、イスラエルのたくらみを暴いたところですね。それで嫌がらせを受けて、イスラエル北部都市ハイファにある大学を去らざるを得なくなったようですが。

シオニストたちの発想は、いかにしてパレスチナをユダヤ化していくかということに尽きます。ユダヤ人をマジョリティにするための必然として、もともとそこに住んでいたアラブ人を「追い出す」わけです。その一環として行われた非人道的で意図的な軍事作戦を、パぺ氏は縷々、個々の村や町の事例を挙げることで暴いていきますね。特に一貫してこれを「民族浄化」と呼んでいるのは戦略的です。旧ユーゴスラビアのジェノサイドと重ねることで、国際的に議論可能な枠組みに、パレスチナ問題を当てはめる意図があったのでしょう。
早尾 
 一つにはイスラエル側に都合がいい神話をぶち壊すということ、また「民族浄化」という共通のタームで議論できるところへ、パレスチナ問題を置いたということ。シオニストの主体性と英雄利用、ナショナリズム、排外主義、レイシズムなど、近代世界の国家暴力に共通する用語や分析の枠組みに当てはめ、イスラエル建国史を再構築して提示するという作業を、パぺは行ったと思います。
臼杵 
 特徴的なのは、いかにイスラエル軍が計画的、組織的に、民族浄化を行ったかを、一貫して描いているところですよね。シオニストは、国連分割決議案で、ユダヤ人国家に指定されたところを守っただけだ、という理屈でずっと通してきたけれど、この本を読めば、先住のアラブ人たちを追放するために、イスラエル軍が虐殺を含め、あらゆる野蛮な行為も辞さなかったという事実が見られます。これまでイスラエル軍が「防衛」という言葉で正当化してきたものが、ただ一言「大虐殺」でしかなかったと。
早尾 
 これでもかこれでもかと、具体的に村の名を挙げ町の名を挙げ、殺された人数を挙げ、攻撃を命じた責任者を挙げていく。徹底していますよね。
臼杵 
 当然のことながら、アラブ人側にも抵抗運動が起こっていて、全てのパレスチナ人が、唯々諾々と逃げて行ったわけではない。ただ、軍備の規模は雲泥の差で、抵抗運動は簡単につぶされていくと。分割決議でアラブ国家に指定されている場所でも、パレスチナ人たちは追い出されていきます。多くの民間人は、戦時中の一時退避のつもりで、家に鍵をかけ、出かけてきている。
早尾 
 戦場から一時避難したということですよね。
臼杵 
 帰ることが前提になっていた。それにもかかわらず帰れなくなってしまった。

私の友人の出身地のアッバースィーヤ村は、かつてイギリスの空軍基地だったベングリオン空港に隣接した要所です。その村では激しいパレスチナ側の抵抗がありました。本書の記述でぞっとするのは、抵抗を徹底的に叩くイスラエル側の姿勢です。つまり、抵抗するものは容赦なく殺せ、という徹底した命令です。子どもたちや無抵抗に逃げようとする人々も、まるでゲームか何かのように撃ち殺されます。

エルサレムへ至る主要ルート、あるいは戦略的に絶対に譲れない地域を、一つずつ間違いなく抑えていく、そのためには虐殺をも厭わない。イスラエル側の資料をこれだけきちんと分析し、詳細に記録する。建国のプロセスで、イスラエル軍が虐殺を是としたことを、パぺがここまではっきり書いてしまったことは、イスラエル国にとって許しがたいことですよね。
早尾 
 パぺは、完膚なきまでに、従来のイスラエル建国神話をひっくり返して見せたわけですね。初めにパレスチナ人が勝手に逃げていった説があり、次に一部追放・虐殺はあったが、偶発的なものだったという言説がありました。それら全てを覆したわけです。
臼杵 
 本の中に個人的な体験も綴られていますが、パぺの出身地であるハイファは、アラブ人がどんどん排斥されていく中でも、最後までユダヤ化が難しかったガリラヤ地方の中核都市で、そのことは彼のアイデンティティの形成に大きな影響を与えていると思います。実際に生身のアラブ人が暮らす姿を身近に見ながら、自分の育った場所はアラブ人から奪ったところだという事実を自覚せざるを得ない。ユダヤ人が多い地域に生まれれば、そうした状況認識は難しかったのではないかと思います。
早尾 
 パレスチナ人の語りであれば、イスラエルのユダヤ人は、彼らの立場から勝手に言っていることだと、黙殺できます。でもパぺはイスラエルのユダヤ人コミュニティの内部から、イスラエル建国史の暴力的な起源を鋭く語ったわけです。自分たちの内部から出た語りであれば、痛いところに触れる、無視できない声になります。

この本は二〇〇六年に英語で刊行され、アラビア語版は既に出ていますが、この先にアカデミックなレベルでの反論は起こると思われますか。
臼杵 
 シオニスト側は黙殺でしょうね。完全に読者は分断されるでしょうし、ヘブライ語版が出版されることもないでしょう。記録資料に基づいているので、事実は否定できませんから、包囲網を作って、こうした言説を広げないようにする。あるいは、意図的な資料の操作であると批判していくことになるでしょうか。

語りというものには難しさがあります。パぺは、資料を忠実に使って客観的に記していきました。訳者あとがきには、パぺが歴史著述における語りというものに非常に自覚的で、自らの立場性を考慮し、立場の異なる歴史家の見解を取り入れていったとあります。それでもイスラエルのユダヤ人であるという立場からは自由にはなり得ない。シオニストたちは「自己嫌悪のユダヤ人Self-hating Jews」から出てきたものとして、本書を握りつぶしていくことになるかもしれません。パぺ氏が祖国に帰る日はまだ遠いでしょう。
★イラン・パペ=一九五四年、イスラエル・ハイファ市生まれ。ハイファ大学講師を経て、現在イギリス・エクセター大学教授、同大学パレスチナ研究所所長。イスラエル建国期のパレスチナ現代史を中心としたパレスチナ/イスラエル史研究。日本での講演録として、『イラン・パペ、パレスチナを語る』がある。
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この記事の中でご紹介した本
パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力/法政大学出版局
パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力
著 者:イラン・パペ
出版社:法政大学出版局
「パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力」は以下からご購入できます
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