絵本を深く読む 書評|灰島 かり(玉川大学出版部)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2018年1月13日

多角的な絵本論を展開 
経験に裏打ちされた独自の視点

絵本を深く読む
著 者:灰島 かり
出版社:玉川大学出版部
このエントリーをはてなブックマークに追加
絵本を論じるのは難しい。新聞や雑誌等では、子どもはもちろん、最近は大人を対象とした絵本特集もよく見かけるし、絵本のブックガイドや新刊絵本の紹介も定番だ。だが、絵本の評論となると、特に日本では数えるほどしか出ていない。

ひとつには、当然ながら「絵」が大きな役割を果たしているからだ。絵本の絵は、一枚の絵としてではなく、一枚一枚の連なりやテキスト(文章)との関連と共に評価しなければならない。もうひとつには、主な読者が「子ども」であるということだろう。彼らの多くが自分の読みや感想を言語化できないこともあり、絵本論には主観や感情に流されがちなものが散見される。

そんな中、創作、翻訳、評論、教育とさまざまな形で子どもの本に関わってきた灰島かりによる絵本論がこうして形になったことは喜ばしい。本書では、「ページの進行する方向がポジティブの方向となる」といった「絵本の文法」や、原書と翻訳のちがい(例えば、『おかあさんのたんじょう日』という絵本は最終ページの文章がかなりちがう)、絵本の歴史から、『ピーターラビット』の作者ビアトリクス・ポター論、ポストモダンと呼ばれる作家たちの作品分析など、多角的な絵本論が展開される。

中でももっとも目を引くのは、フェミニズム的観点から絵本を読み解いていることだろう。絵本において「冒険」はポピュラーなテーマだが、男の子と女の子の冒険には大きなちがいがある。そもそも初期の絵本では、冒険するのは常に男の子だ。さすがに現代になると、冒険する女の子も登場するようになるが、灰島は「(女の子の冒険絵本もたくさん出ていると)書いてまちがいはないのだが、目がどうしても宙を泳いでしまう」と言う。男の子の冒険には、未知なるものとの出会いや戦いといった要素が含まれるが、女の子の冒険は、日常生活に関わるものがほとんどだ。その例として、「おつかい」をテーマにした絵本が取りあげられる。日本や外国のさまざまなおつかい絵本を紹介した後、「女の子は、どうやら他者と戦わずに母の言いつけにしたがうだけで成長することができるようだ」と書く灰島の口調は苦々しい。

もう一つ注目すべきは、現代絵本作家の巨匠モーリス・センダックによる『まどのそとのまたむこう』論だろう。ここでは、「育てるもの」と「育てられるもの」の葛藤という観点から、作品をつぶさに読んでいく。ストーリーはもちろん、主人公の少女アイダの表情から服の色、母親と比べて極端に大きな手足にいたるまで、一枚一枚の絵をすみずみまでなめるように「読む」ことによって生まれる迫力ある論考は、絵本が大人読者にも多くを語りかける文芸だということを教えてくれる。実際、大江健三郎はこの絵本に触発され、『取り替え子 チェンジリング』を描くに至ったという。

このように、灰島の絵本論には多くの具体例に支えられた説得力と、数え切れないほどの絵本を読み、訳してきた経験に裏打ちされた独自の視点がある(巻末には十ページにわたる業績リストがある)。六六歳でこの世を去ってしまったことが、惜しまれてならない。
この記事の中でご紹介した本
絵本を深く読む/玉川大学出版部
絵本を深く読む
著 者:灰島 かり
出版社:玉川大学出版部
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
三辺 律子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
学問・人文 > 評論・文学研究 > 日本文学研究関連記事
日本文学研究の関連記事をもっと見る >