人間 吉村昭 書評|柏原 成光(風濤社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月13日

作家の「肉声」を届ける 
全体と文学を知るのに最も相応しい本

人間 吉村昭
著 者:柏原 成光
出版社:風濤社
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人間 吉村昭(柏原 成光)風濤社
人間 吉村昭
柏原 成光
風濤社
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著者は、「はじめに 風貌について」で、「先行する吉村昭論として、まとまったものが二つある。一つは川西政明の『吉村昭』(河出書房新社)、もう一つは、笹沢信の『評伝吉村昭』(白水社)である。それにもう一つ加えるなら、川西政明の『道づれの旅の記憶』(岩波書店)である。それぞれ労作であるが・・・・・・・・・・読んだ私には吉村昭の肉声が聞こえてこない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・という感想が残った・・・・・・・・・。(中略)しかし私には皮膚感覚的に吉村昭を感じられるものを読みたいという欲求が起こってきた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(傍点評者)と書いている。

本書の特徴は、まさにこの吉村昭という「小説を書く」ことに一生を費やした多くの読者を持つ作家の「肉声」を、吉村の読者はもとより文学愛好者及び現代文学に関心を持つ人たちに届けたい、との強い思いが全編に貫流しているところにある。その著者の思いは、全編の構成、具体的には「第一部その歩み――世に出るまでを中心に」の「1父の教え・母の教え――少年時代」「2戦禍と病い――思春期」「3同人雑誌時代――青年期」「4ついに世に出る――『星への旅』と『戦艦武蔵』の成功」「5作家の道を確立」「6吉村昭と筑摩書房」、及び「第二部さまざまな顔」の「7妻・津村節子について」「8読書と趣味と酒」「9その庶民性」「10その女性観」「11その戦争観と死生観」を見れば、自ずと理解できる。

著者は、以上のような構成(本書の内容)を実現するために、吉村昭自身がおのれについて語った数多くのエッセイの中から「肉声」の伝わってくる「事実」を丹念に取り出し、それを作家の幼少期から亡くなるまで(章によっては、亡くなった後についても)の履歴に重ねながら、いかに吉村昭の文学作品が魅力的なものであり、「人間吉村昭」が興味深い作家であったか、を浮かび上がらせる方法を採っている。

なるほど、こういう形で一人の作家の「魅力」とその「文学の特質」を読者に届けることができるのか、とこれまでに十数冊の作家論を書いてきた評者にしてみれば、新鮮な驚きと共に大いなる得心も与えてくれるものであった。

それもみな、著者と吉村昭との濃密な関係があって初めて可能な方法だったのではないか、と思われる。二人の詳細な関係が書かれている第一部の「6吉村昭と筑摩書房」によれば、二人は著者が一九七四年一二月の筑摩書房刊の「文芸展望」の編集長になった時に出会い、以来今日まで四〇年以上、吉村昭が亡くなってからも続いてきたもので(吉村の没年は、二〇〇六年七月三一日)、その濃密さには驚かされる。さらに評者が羨ましく思ったのは、二人の関係が一編集者と一作家という枠を超えた人間同士の関係(「皮膚感覚」)によって支えられており、FAXやメールなどに頼らざるを得ないデジタル時代の現在では考えられないものだったことである。

また、一般的に吉村昭の小説は太宰治賞を受賞した『星への旅』(一九六六年)に連なる「私小説」系列と、同じ年に書かれた『戦艦武蔵』に始まる「記録文学」系列に別けられると言われているが、「文学論でも評伝でもない」吉村の「肉声」を伝えようとして書かれた本書から伝わってくるのは、吉村の作品はすべて「事実」を積み重ねることによって構築された「小説=フィクション」であり、そこにはその時代を生きた「人間」への愛が描かれているということである。その意味で、本書は吉村昭という作家の全体と文学を知るのに最も相応しい本と言うことができるだろう。
この記事の中でご紹介した本
人間 吉村昭/風濤社
人間 吉村昭
著 者:柏原 成光
出版社:風濤社
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月12日 新聞掲載(第3222号)
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