日本人記者の観た赤いロシア 書評|富田 武(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年1月20日 / 新聞掲載日:2018年1月19日(第3223号)

現場取材の重要性浮き彫りに 
レーニン、スターリンとも会見した日本人記者

日本人記者の観た赤いロシア
著 者:富田 武
出版社:岩波書店
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昨年はロシア革命から百周年。日本でもロシア革命関連の書籍が出版されているが、本書もその一冊。帝政末期から第一次世界大戦、ロシア革命、内戦、第二次世界大戦にいたるまでの約三十年間、九人の日本人記者がどのようにロシア/ソ連を報じたかを丹念に調べ上げた労作だ。

著者自身による歴史解説をまじえ、それとの比較で記者の記事を評価している。

トップバッターは大庭柯公。「ロシア報道のパイオニア」だが、革命に果たした労働者・兵士ソビエトの役割を看過しているなどと著者の評価は辛い。

九人の中で最も高い評価を得ているのが、布施勝治。ロシア革命を一九一七年三月から一年間、現地で取材し、日本人記者として初めて労兵ソビエトの存在を明らかにした「第一級のジャーナリスト」だと賞賛している。

布施は、ボリシェビキが支持されたのは、戦争反対、即時講和を一貫して掲げた唯一の政党だったためであることを示唆しているというから、洞察力は確かに高かった。

ロシア革命百周年ということもあり、記者たちが二月革命(本書では新暦を適用し「三月革命」と表現)、十月革命(同「十一月革命」)をどのように描写したかが、注目される。

二月革命については、播磨楢吉が地図付きでペトログラードの様子を生き生きと描いている。

一方、十月革命時には布施が首都ペトログラードにいた。彼は、レーニン派自身も容易に政権を取れるとは思っていなかっただろうとの感想を述べており、ケレンスキー率いる臨時政府からの政権奪取が円滑に進んだことがわかる。だが、現場にいたのであれば、播磨のような市民の息づかいが聞こえてくるような記事が欲しかった(そうした記事があるのかもしれないが、本書には紹介されていない)。

一九一七年十月二十五日(新暦十一月七日)のペトログラードは意外にもほとんど平穏であったのに対し、モスクワでは激しい銃撃戦が展開された。それを黒田乙吉が現場証人として活写してくれている。

この書評子の見聞の狭さを恥じるばかりだが、本書で日本人記者がレーニンとスターリンに直接会見していたことを初めて知った。レーニンとは布施と中平亮が一緒に一九二〇年六月三日にインタビューしている。また布施がスターリンと会見、その記事が一九二五年七月九日の『東京日日新聞』(現在の毎日新聞の前身)に掲載されている。

いずれも大ニュースが飛び出した会見ではなかったが、一国の指導者との単独会見に漕ぎ着けるということは、いつの時代でも当該地における記者の存在感を示しており、実現までには様々な困難があっただろう。

著者は日本人記者の活動を総括して、「記者たちは『プラウダ』紙や『イズベスチヤ』紙からの引用で満足せず、(中略)何とか産業や市民生活の実態に迫り、これを日本の読者にある程度まで伝えたと評価してよい」と指摘している。

私自身、新聞記者出身で現場取材の重要性については著者の指摘に全面的に賛成する。

ロシア革命で誕生したソ連は一九九一年十二月に崩壊した。著者はロシア革命とその後のソ連について「ロシア革命とソ連国家が生み出し、曲がりなりにも長続きしたのは『後見的福祉』だった」と結論づけている。後見的福祉とは、国家が世話、保護してやるといった上から目線での政策のことだろう。ロシアを長年研究してきた著者の重みのある総括だ。
この記事の中でご紹介した本
日本人記者の観た赤いロシア/岩波書店
日本人記者の観た赤いロシア
著 者:富田 武
出版社:岩波書店
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