<水俣病>事件の61年 書評|富樫 貞夫(弦書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年1月20日 / 新聞掲載日:2018年1月19日(第3223号)

「個」が「国」に対峙するための案内書

<水俣病>事件の61年
著 者:富樫 貞夫
出版社:弦書房
このエントリーをはてなブックマークに追加
「国家とは何か」。水俣病、というより公害に対する企業責任に新たな法理論を築いた富樫貞夫が一貫して追究してきた命題だ。

一九九九年に行われた熊本大学での最終講義のタイトルは「現代日本の法と国家」だった。ここで富樫は水俣病に横溢した行政の不作為の問題を鋭く追及し「そういう根本的な問題を水俣病の裁判は提起している」「現代の法律学がこの問題にきちんと答えを出すのは非常に困難ではありますが、この問いを避けて通ることはできないし、それは許されない」と述べた。この姿勢はこの四年前に刊行された「水俣病事件と法」でも強調されているし、今回出版された「<水俣病事件>の61年」でも主眼に据えられている。

この本の前半は、二〇一五年から二〇一六年にかけて熊本大学で開かれたセミナーをまとめたものだ。主な出席者は大学やマスコミの関係者だったが、第一回目の講義を聴いた出席者が皆驚嘆した表情だったのをよく覚えている。

あまりにも話が明快だったからだ。水俣病の話と言えば論文などを日常的に読んでいる人種でさえ「よくわからない」と二の足を踏むことが多い。しかし勉強はしておかねば、とセミナーに足を運んだら、意外やすらすらと話が頭に入ってくるではないか。メモも見ずにつらつら話す富樫の語り口はさながら落語家のよう……といえば言い過ぎか。

テーマは多岐にわたった。水俣病の定義とは、医学界は何をしていたのか、診断基準はどのように生まれたのか、疫学調査は水準をクリアしたものと言えるか、政治はどのように機能してきたのか……。勉強しようと思えばどんな資料を読めばいいのかから調べなければならないこうしたことがらが中学生にも理解できるように提示される。

わかりやすいだけではない。これらのことがらが有機的に連結しあいどのように干渉しあっているのかその結果何が起きたのかということまで理解できるようになっている。

そして最後に浮かんでくるのは、水俣病といういわば「命の塊」に、この国はいまだ対峙し得ていないという荒涼とした風景である。ここで言う「国」は単に政府や行政にとどまらない。国を紡ぐシステムの総体だ。この本に水俣病医学を総括したくだりがある。

「熊大医学部水俣病研究班の研究成果は非常に高く評価され、その評価は社会的にも確立されていると申し上げても過言ではないと思います。

それに対して私がこれから申し上げる、研究班に対する評価は全く違うものであります。私がしてほしい分析なり検討を、医学部内部あるいは医学界内部の人がやってくださるなら出る幕はないと思いますが、残念ながらその期待ははずれておりまして、医学部以外の者がやらざるを得ないというのが、今日の状況だと考えております」

冒頭取り上げた最終講義で富樫は自らを「越境者」と位置付けた。専門の民事訴訟法から刑事訴訟法や刑法、そして環境問題や医学の分野まで邁進していく自らの姿をなぞらえたものだが、そこには「誰も手を付けないなら私がやらなければならない」という悲壮感に似た責任感がある。

「国家とは何か」という命題に対する時、最も俯瞰して視ることが出来るのは国家の内部にいながらも「越境」することが出来る者だろう。まさにこの半世紀、富樫はそこに立ち続けている。

水俣病問題の今後について富樫は言う。

「これからは『個』が闘っていく時代が来たんだと思うよ」

この本は、「個」が「国」という概念に対峙するための案内書である。
この記事の中でご紹介した本
<水俣病>事件の61年/弦書房
<水俣病>事件の61年
著 者:富樫 貞夫
出版社:弦書房
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
社会・政治 > 環境 > 公害問題関連記事
公害問題の関連記事をもっと見る >