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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月9日 / 新聞掲載日:2016年9月9日(第3156号)

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分析哲学と対決しながら ふたたび理論哲学的課題に取り組む 


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今日ハーバーマスほど、哲学史と同時代の哲学の両方について幅広い見識を持ち、しかもそれをみずからの理論の中に吸収しながら、体系的理論を展開している哲学者はいない。体系的といってもヘーゲルのように全体を包摂する閉鎖的な哲学であるわけではない。本書の最終章で論じられているように、ハーバーマスにとって哲学が近代という時代において果たすことのできる役割は慎ましい――しかし民主社会にとって重要な――ものである。その視野の広さと、とくに『コミュニケーション行為の理論』において確立されたみずからの理論的立場の堅固さゆえに、彼は今日のあらゆる他の哲学理論をみずからの理論との距離において位置づけ、あるときには吸収して糧とし、またあるときには徹底的に退けることができる。分析哲学もまたその例外ではない。

上記の『コミュニケーション行為の理論』に至る七〇年代のハーバーマスにおける言語論的転回のなかで、彼が分析哲学の議論を積極的に受容したことはよく知られている。それは社会理論にとどまらない射程をもつものであった。しかし、それ以降の彼の理論的努力は、まずは社会理論ないし倫理学(討議倫理学)とそれを基礎とした、法哲学・制度論へと注がれ、理論哲学的主題は背景にしりぞいていた。一九九九年に出版された本書においてハーバーマスは、まさに二〇年以上を経て――分析哲学と対決しながら――ふたたび理論哲学的課題に取り組むのである。

哲学における言語論的転回は英米哲学だけに生じたわけではない。ドイツにおいては、解釈学という形ですでにフンボルト以降哲学の言語論的転回が生じていた(第一章)。このことを指摘した盟友アーペルによって、意識哲学から言語哲学に導かれたハーバーマスにとって、二〇世紀末の分析哲学がドイツ哲学へと接近したことは、両者の立場の類似性を認識させるとともに、それ以上にそこにある理論的な差違を緻密に論じることを要請するものであったのだろう。

本書では、ブランダム(第三章)、ローティー(第五章)、パトナム(第六章)の哲学が主題的に取り扱われているが、それ以上に広汎な分析哲学の議論をハーバーマスがフォローしていることもまた見て取ることができる。そこで扱われているトピックは、推論主義、概念実在論、自然主義、道徳的実在論、事実と価値の二分法の解体、コンテクスト主義といったものであり、今日ようやくこの国でも議論されるようになった分析哲学のトピックにハーバーマスが早いうちから取り組んでいたことがわかる。

しかし、ハーバーマスは本書で、みずからの立場を固守しながら、現代の議論を批判するというわけではない。この対決は同時にハーバーマスの理論そのものの修正と深化を要求するものであった。その論点の一つはすでに本書のタイトルに示されている。かつて彼の主張した真理合意説においては、理想的発話状況において正当化された主張可能性は真理と等置させられていた。しかし、本書では「真理」はこの「正当化」から峻別させられることになる。「真理」は討議における合意とイコールではなく、正当化はどこまでも可謬的なものにとどまる。こうしてハーバーマスは我々の実在論的な直観を維持しようとするのである。もう一つの重要な論点は、「弱い自然主義」の擁護である。ハーバーマスは、これをクワインの物理主義に見られるような強い自然主義からはっきりと区別し、言語能力をもつわたしたちは学習プロセスとしての自然進化の過程の中にあると仮定することで十分だとする。これによってハーバーマスは、一方で今日主流の自然主義に与しながら、他方で科学主義を回避するのである。

これに対し、本書においてたびたび展開されている道徳的実在論に対する批判は、彼の従来の立場を強化するものである。上記の真理に関わる実在論的立場は、道徳的実在論を含意しない。脱超越論化を進める(第四章)にもかかわらず、事実と価値の区分を維持し、概念実在論を否定する限りでハーバーマスはカントの精神を依然として継承している。まさにそこに、ヘーゲル化する現代の分析哲学者たちに対するハーバーマスのいらだちがある(第三・四・八章)。

原文はたいへん難解であるにもかかわらず、訳文は日本語としてすんなり読み進めることができ、かつドイツ語との対応においても曖昧なところはほぼないと言っていい。この点で訳者の努力にはおおいに敬意を表したい。それにしても、ハーバーマスの「理論哲学」を見る上で重要な論文が収録されている『コミュニケーション行為の理論への予備研究と補足』(一九八四年)がまだ部分的にしか翻訳されていないということが一層残念に思われる。これが本書と合わせて日本語で参照できるようになれば、ハーバーマスの〈哲学的〉功績について理解が深まるとともに、彼の理論ににまとわりつく多くの誤解も払拭されるであろう。
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