ライティングクラブ 書評|姜 英淑(現代企画室)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年1月20日 / 新聞掲載日:2018年1月19日(第3223号)

ライティングクラブ 書評
都市論としての小説 
ソウルの成長と共に成人し老いる人々

ライティングクラブ
著 者:姜 英淑
出版社:現代企画室
このエントリーをはてなブックマークに追加
「都市空間のなかの文学」で前田愛は「文学作品は都市論として読まれるべき」と言う。姜英淑の「ライティングクラブ」は前田愛の言葉がぴったりと当てはまる。この小説に描かれる人物はソウルという都市で青春を送り、ソウルという都市の成長と共に成人し、そして老いる人々である。

ソウルを睥睨するようにたつ北漢山を背景にした京福宮の東北側の街である北村から三清洞、安国あたりが作品舞台だ。ここで主人公ヨンインの母キム作家は綴り方教室を開いて暮らす。十八歳でヨンイルを生んだキム作家は韓国小説によく登場する家族や子どものために自己犠牲を惜しまないオモニ(母)ではない。生んだ娘を地方の知人に預け、自分は作家となるための修行を続ける。いや、周囲の人々からキム作家と呼ばれる彼女は自意識のうえでは充分に作家である。ヨンインがキム作家のもとに引き取られたのは十四歳になってからだ。キム作家はまだ著書を持っていない。同人雑誌が主催している文学賞の受賞者で、受賞作掲載の雑誌を購入するように迫られる。そして彼女が主催する綴り方教室は主婦を対象としたライティングクラブとなる。ライティングクラブの会員たちはお喋りだ。会員たちが帰ったあとはキム作家が所属する同人誌の同人作家、同人詩人が現れ酒を飲みお喋りをする。ここに登場する人々はみな不安と不満を抱えている。その不安と不満さえエネルギッシュなのは、ソウルそのものが持っているエネルギーが反映されている。

ヨンインは大学受験に失敗して以来、さえない人生を送る。読んでいるのはシモーヌ・ヴェイユの「工場日記」それから佐多稲子の「キャラメル工場から」もちょっと出てくる。ヨンインの冴えない人生の慰めになっているこれらの本は同時に、建設が進むソウルがあこがれている近代都市での物語でもある。そして、ヨンインもまた物語を書くことに憧れる。本の言葉を慰めとして生きるヨンインは言葉を紡ぐことを欲する。母娘の対立にならないところが姜英淑らしいクールさだ。大学生の男と同棲に失敗した頃にはヨンインも三十歳を超えていた。クリーニング業を営む韓国系の男と米国に渡った頃にはヨンインの愛読書は「ドン・キホーテ」になっていた。キム作家もヨンインもたしかに「ドン・キホーテ」の魂が分有されている。

バージニア州のクリーニング屋から逃げ出したヨンインはニューヨークでネイルサロンに勤める。「ニューヨークの川向う、ニュージャージーのある街の風景が一九七〇年代のソウルの風景に似ているとは想像もしていなかった」とヨンイン感じるのは二〇世紀の覇権国から没落する米国と東アジアの四小龍と呼ばれ伸びあがる韓国の一瞬のすれ違いをヨンインの眼が捉えた瞬間だ。ヨンインはここでライティングクラブを開く。キム作家がソウル郊外の精神病院に入院していると知らせが届くのは、ヨンインのライティングクラブが軌道に乗り始めた時だ。ニューヨークからソウルへヨンインはキム作家の最後を看取るつもりで戻る。同人誌仲間の詩人や作家もキム作家の弔辞を用意する。息を引き取る前には人は正気に戻ると言われるが、キム作家も混乱した精神から透明な正気を取り戻す。しかし、キム作家は死ななかった。キム作家とヨンインが住むソウル北村から三清洞のあたりは観光客が集まるお洒落な街に変貌していた。最後になぜか涙が出るような結末が待っている。(文茶影訳)
この記事の中でご紹介した本
ライティングクラブ/現代企画室
ライティングクラブ
著 者:姜 英淑
出版社:現代企画室
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
中沢 けい 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > 韓国文学関連記事
韓国文学の関連記事をもっと見る >