対談=石井光太×末井昭 桎梏の絶望漆黒の闇、光は待つか 『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2018年1月26日 / 新聞掲載日:2018年1月26日(第3224号)

対談=石井光太×末井昭
桎梏の絶望漆黒の闇、光は待つか
『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』(双葉社)刊行を機に

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第4回
■多摩川のイエス・キリスト

末井 
 事件の後、弔問と言うのかな、報道を見たたくさんの人たちが、多摩川べりに訪れたでしょう。その数、一万人ですか。ボランティアで枯れた花を片付けたり、清掃する人々まで現われて。僕が最初に多摩川を訪れた頃も、まだたくさんの人が来ていて、山のような花やお供えものをみて、「えっ、こんなに!」と驚きましたね。
石井 
 僕はなんだか遼太くんが神格化されている感じがしました。宗教ってこういうふうに始まるのか、と。だんだんリアルな遼太くんから離れ、「遼太はきっとこう思っている」「遼太ってこういうやつだ」と幻想が自乗されていくんです。「そりゃないぜ、先輩」という遼太くんの口癖が流行ったり、遼太ひまわりと名付けて分け合った種を皆で育てたり、「遼太がいたから笑顔になれる」という内容が英語で刻まれたTシャツを皆で着たり。偶像が彼らの中で醸成されていくんです。
末井 
 悲惨な死を遂げた中一の男の子が、聖なるものになっていった。
石井 
 多摩川べりで遼太くんについて語る人たちは、いわば使徒ですよ。傷を持って生きてきた者たちが、一人の犠牲者のもとに集い、皆に聖伝を流布していくわけです。ただ、なぜ今、人々がそれほどに幻想や偶像を求めているのか。

多摩川べりに集う人たちに話を聞くと、自分も遼太くんみたいに、家に居場所がなかったとか、いじめられていたとか、親しい友人が次々に自殺していったとか、震災で家をなくしたとか、そういう話がどんどん出てくるんです。
末井 
 自分の境遇を遼太くんに重ねているんですね。
石井 
 海外の貧困をテーマに本を書いていた頃、末期がんの十代の女の子から、メールがきたことがありました。彼女は「インドの路上にこんな貧しく可哀そうな子たちがいるのを本で知りました。それに比べれば私は幸せ。インドの子に募金をしたいです」と言ってきました。

話を聞くと、彼女の母親は死亡し、父親は生活保護を受けて病院に見舞いにも来ない。彼女一人で末期がんと闘っているんです。半年ほど経って、その子は亡くなります。

なぜ、あの子はインドの貧しい子どもに同情したのか。

言い方は悪いですが、自分より下の人間を見たかったのでしょう。インドの路上で飢えている子どもを見て、「私の方がまだマシ」と思いたかった。あるいは、それで自分の置かれている状況を肯定して、あの子も頑張っているんだから、自分も頑張ろうと奮い立つ。そんな構造があったのだと思います。

遼太くんについても同じだと思うのです。あんな可愛らしい子が無残な殺され方をした。人々はそんな遼太くんと自分を比べて「私はマシ。遼太くんの分まで生きていこう。供養してあげよう」と思ったのではないでしょうか。
末井 
 キリスト教も、はじまりには同じような民衆の心の動きがあったのかもしれませんね。イエスは私たちのために、あれだけ悲惨な殺され方をした、と。
石井 
 あるでしょうね。だから、十字架の場面が、象徴化される。

一方で、遼太くんのお父さんは、現実的です。息子を失った痛み、犯人に対する憎しみを抱えていて、裁判が終わって刑が確定しても、法の裁きに納得していない。犯人たちに自分の手で復讐したい、と。
末井 
 判決は、一番重い虎男でも懲役九年以上~十三年以下でしたね。本当に復讐したわけではないし、そう思うのはある意味まっとうです。
石井 
 お父さんの言葉で印象的だったのは、「遼太が殺されたのは運が悪かったからだ」と言ったところです。同じような少年はたくさんいるのに、彼は運が悪かったから殺されたのだ、と。

確かに、似たような境遇でも、殺されない人間の方が圧倒的に多い。比べれば運が悪かったというのは、間違いではない。

でも、それでは運気を下げた理由は何かとも思います。運は天から与えられるものではなく、環境によって上がったり下がったりするものです。夜、家庭で団欒している子より、深夜徘徊している子の方が事件には遭いやすい。私は、家庭、学校、地域、友人、親族、あらゆるものが遼太くんの運を下げたと思うのです。

遼太くんを偶像化して事件を昇華するのではなく、すべての人間が一人の少年の運を下げてしまったのだ、というところに、留まって考えなければならないのではないかと。
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この記事の中でご紹介した本
43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層/双葉社
43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層
著 者:石井 光太
出版社:双葉社
以下のオンライン書店でご購入できます
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