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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月9日 / 新聞掲載日:2016年9月9日(第3156号)

書評
様々の視点から興味深 く読める優れた民話集


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ドナウ川は、ドイツの黒い森・シュヴァルツヴァルトの水源からオーストリアを抜け、スロバキアとハンガリーの国境に沿って進み、ハンガリーを南から北に下って、再びクロアチアとセルビアの国境を経てセルビアを横切り、ブルガリアとルーマニアの国境を500キロに渡って流れた後にルーマニアを北上し、さらに東に向かってルーマニアとウクライナの国境の町イズマイール付近で広大な河口デルタ地帯となり、黒海に注ぐ。

本書は、ドイツの民話研究者パウル・ツァウネルト(PaulZaunert[1879―1959])が1926年に編集し、1958年に増補した“DeutscheM艪窒モ・・獅≠浮唐р・高conauland”の翻訳であるが、この広大なドナウ川流域のドイツ語圏の民話を網羅しているわけではない。ツァウネルトは、1920年代から世界民話叢書の編集に携わっており、アフリカ、インド、フィンランド、フランスなど世界各地の民話集をドイツ語で刊行する仕事を続けていた。本書の初版の刊行された1926年というのは、第一次世界大戦に敗れたオーストリア=ハンガリー帝国が解体し、ドイツとの絆も断たれてオーストリア共和国として出発した時代である。戦後、ドイツのイエナを中心に活動を続けていたツァウネルトは、この危機にあたって、オーストリア民話の様々な記録を拾い集め、さらには離れ離れになってしまったハンガリーとトランスシルヴァニア(ルーマニア)のドイツ語資料を加えて、少し前のオーストリア=ハンガリー帝国の語りの記憶をとどめようとしたのではないだろうか。

およそドナウ流域というのは、古代から人々が行き交うところで、戦いや植民を繰り返し、商人や職人や出稼ぎ農夫や木こりが行き来し、人種も言葉も宗教も様々で一筋縄ではいかない。

そのせいだろうか、この民話集の語り手は女乞食や牧童、大工、道路工夫など共同体の外側に位置する異人が多い。語りも「昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました」という日本型の語りは見あたらない。主人公は職人、水車小屋の娘、ブタ飼いなどの異人が主流で、必ずといってよいほど王様と王女と城が出てくる。

一番人気は、「怖がることを習いに出かけた若者の話」(AT326)等、魔物に取りつかれた城を解放する話で7話もある。ドナウ川のほとりには、大きいのから小さいのまで城がたくさんあり、なかには廃墟になったものもある。ちょうど日本の長者屋敷と同じくらい城があり王様や代官がいたせいか、民話の主人公は、たいてい城を解放したり、お姫様を救い出したりして幸せに暮らすことになっている。

二番人気はイエスとペテロが旅の途中で奇跡を起こす話で、これも7話ある。日本でも弘法大師が同じような奇跡を行う話がみられるので、キリスト教でも仏教でも、同じタイプの話が歓迎されるのは興味深い。

日本の民話とよく似ているといえば、たった一話だがトランシルヴァニアに「白鳥乙女」(AT313)の話がある。日本では「天人女房」と呼ばれ、風土記にも古い記録があり、中国、韓国から琉球列島を経て本州まで広がる照葉樹林帯に広く分布することから日本文化の原点を語る話として注目を集めた。トランシルヴァニアには、ほかに「浦島太郎」と同じタイプの異界訪問譚もある。

以上のように、様々の視点から興味深く読める優れた民話集である。翻訳も、性格の違う多様なテクストを丁寧に読み込み、分かりやすい。(小谷裕幸訳)
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