H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って 書評|ミシェル・ウエルベック(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2018年1月27日

ラヴクラフトへの「知的な恋文」 
多くの作家を魅了する理由の一端を言語化

H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って
著 者:ミシェル・ウエルベック
出版社:国書刊行会
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ラヴクラフトとウエルベック――こいつは何とも奇妙かつ絶妙な取り合わせではないか。

かたや、E・A・ポオ、スティーヴン・キングと並び称される米国ホラー文学中興の祖にして、クトゥルー神話(Cthulhuとは異次元の神格の名で、クトゥルフ、ク・リトル・リトルなど各種の訳語がある。そもそもが人間には発音不可能な異界の言語という設定なのだ)と呼ばれる架空の神話大系の生みの親。その末流は現代のロールプレイングゲームやライトノベルにまで滲透していることは、御存知の向きもあろう。

かたや、新作を世に問うたびに喧喧諤諤、センセーションどころかスキャンダルまで巻き起こす、現代フランス文学きっての反逆児。

ちなみにウエルベックの現時点における最新長篇『服従』(二〇一五)は、近未来のフランスにイスラム政権が誕生し、極右勢力によるテロが頻発するという、まことに生々しい、今の日本にとっても他人事ではない内容の小説だった。しかも同書の発売日に、広告が掲載された諷刺雑誌の編集部が過激派に襲撃される事件が発生、身の危険を感じたウエルベック自身も一時、潜伏を余儀なくされるという、作品を地でゆくような椿事に見舞われたことは記憶に新しい。まあ、そのせいで同書は六十万部を超えるミリオンセラーとなり、日本でも鳴り物入りで迅速に翻訳出版されたのだから、あっぱれというべきか。

それにひきかえラヴクラフトは――本書においても(いささか一面的な形でではあるものの)詳述されているとおり――金銭とか異性とか名声といった、当世風に申せば「リア充」な価値観に一貫して背を向け、パルプ・マガジンと呼ばれる通俗娯楽小説誌を舞台に、邪神や怪物や魔道書に彩られた幻想と怪奇の文学世界創出に生涯を賭した作家である。生前ついに一冊の著書を上梓することも叶わぬまま、社会的には不遇のうちに一九三七年、四十六歳で病没している。

なんとも対照的な作家人生を歩む両者だが、どうやら若き日のウエルベックは、自分が生まれる二十年ほど前に世を去った異邦の怪奇小説家の人と作品から、多大な刺戟と影響を被ったとおぼしい。何故なら、ウエルベックにとって初の出版物となった本書は、長い序文の冒頭でS・キングが喝破しているとおり、ラヴクラフトに宛てた「学問的ラヴレター、あるいはおそらく、世界で初めての真に知的な恋文」にほかならないのだから。

その意味で本書を通常の評伝の類として読むことには注意が必要となるが、ラヴクラフトという作家が、過去にもボルヘスやキング、コリン・ウィルスンから村上春樹や水木しげるにいたる多くの著名作家を、異様なまでに魅了し惹きつけてきた理由(著者いうところの「不思議な引力」)の一端を言語化している点において、本書が得がたい一冊であることは間違いないだろう。

ちなみに本書がフランス本国で上梓されたのは一九九一年だが、著者は五八年生まれとのことなので、単純計算すると三十三歳のときとなる。ラヴクラフトが短篇「ダゴン」で「ウイアード・テイルズ」誌にデビューしたのも、やはり三十三歳……著者がこの符合を意識していたのか否か、気になるところだ。後に著者が手がける一連の近未来小説のルーツを探るうえでも多くの示唆を与えてくれる、必読の書である。(星埜守之訳)
この記事の中でご紹介した本
H・P・ラヴクラフト  世界と人生に抗って  /国書刊行会
H・P・ラヴクラフト 世界と人生に抗って
著 者:ミシェル・ウエルベック
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
2018年1月26日 新聞掲載(第3224号)
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