ワインの染みがついたノートからの断片 書評|チャールズ・ブコウスキー(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月9日 / 新聞掲載日:2016年9月9日(第3156号)

ワインの染みがついたノートからの断片 書評
孤独な詩人の格律が綴られる 「絶望の淵にあって奮闘する、男の滑稽さ」

ワインの染みがついたノートからの断片
出版社:青土社
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チャールズ・ブコウスキーのかつての盟友で、詩人のニーリ・チェルコフスキーは評伝『ブコウスキー 酔いどれ伝説』のなかで、代表作『ブコウスキー・ノート』に触れて、次のように書いている。

「ここに収められたコラムのおおくで、笑いたくなるほどの絶望の淵にあって奮闘する、男の滑稽さが描かれている。(中略)ハンク(ブコウスキーのこと――引用者)は情熱とユーモアをたっぷり込め、見聞した人間模様に輪郭を与えていく。そういう意味では、LAの街頭ニュースだといっていい。彼は『世界精神』などという、大仰な幻想など追求しない」

本書はブコウスキーの単行本未収録および未公開の作品を集めた一冊だ。この作品集もまた、チェルコフスキー言うところの、「絶望の淵にあって奮闘する、男の滑稽さ」が嘲笑を誘う文章であふれている。例えば、「スケベ親父の手記」と題されたシリーズで著者は、飲酒運転を法律で取り締まることの暴力性を批判したり、心優しい家主の娘夫妻にディナーに招かれたもののその場で娘とセックスをしてしまったり、「自分のくそ」の色やかたちについてのアレコレを大真面目に議論したりしている。だが、常識と照らし合わせるならば正気とは思えない文章の数々も、著者が孤高を貫き、絶望を知り抜いた果てに手に入れた詩情に満ち満ちているのだから面白い。

そんな感想を抱くのも、こうした猥雑なエッセイの前後に、著者自身の詩学や生き方についての美学が置かれているからだろうか。彼は、「詩人たちは大衆の信頼を取り戻すというとんでもなく大きな任務に直面している」と説いた同時代の詩人に対して、「詩は絶えず影や反響から遠く離れ、作品自身から出発しなければならない」と言い、それは決して「大衆の伝達手段」などではないと反論した(「ワインの染みがついたノートからの断片」)。あるいは彼は、「芸術がわかる大衆はいつでも下品だ」と述べ、「一般大衆は人生の悪夢だ」と断言することで、俗情との決別を宣言した(「アルトー選詩集」)。さらに常に勝者たらんとしたヘミングウェイの生き方を前に、「アーネストは間違って理解していた。人は負けるために生まれてきたのだ。(中略)人は敗北し、打ち砕かれ、負けて、負けて、負けて、叩き潰されるのだ」と熱を込めて論じた(「運に見放された年老いた酔っ払い」)。群れることを嫌い、理解されることを拒んだ孤独な詩人の格律が、そこここに綴られている。

けれども、孤高の美学を信じ、あらゆる物書きを痛烈に批判したブコウスキーにも師と仰ぐ人間がいた。彼は無名時代のジョン・ファンテに憧れ、その文章作法を理想とし模倣してきたという。あるとき編集者を通じて、ファンテと邂逅を遂げる機会を得る。しかし、不遇の人生を送ったファンテは既に失明し、両足を失っていた。二人の出会いと別れが綴られた「師と出会う」は、どの文章とも異なり、優しい筆致で書かれ、ハートウォーミングに仕立てられている。

他にも、ドッペルゲンガーに悩まされる主人公が探偵に殺しを依頼するが、不穏な結末が待ち受けている「もう一人の自分」、宇宙人が米国を乗っ取った世界を描いた「かくしてこんなところに」などの短編は、人間の存在の不確かさ、生きることの軽薄さを描いていて、晩年の傑作長編『パルプ』とも主題が重なる。永遠の負け犬だったブコウスキーの想像力の源泉が、時を超えて、いまここに滲み出ているのだ。(中川五郎訳)
この記事の中でご紹介した本
ワインの染みがついたノートからの断片/青土社
ワインの染みがついたノートからの断片
著 者:チャールズ・ブコウスキー
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
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