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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年9月9日 / 新聞掲載日:2016年9月9日(第3156号)

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事典以後へ開ける「知」の世界の可能性 刺激的な論考、四六の作品データ、資料篇


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事典という言葉に無機的な印象を抱く人は多いだろう。しかし事典制作の現場に立ち会うと、その先に未知の何かが生まれてくるという予感を抱くことがある。事典は単一の方法で編まれていない。どのような事項や事柄を、どのように組織するのかによって、事典という通路の先に開けてくる、「知」の世界の可能性は異なっている。

本書には監修者である、山口政幸氏の「系譜とパターン」と、片山宏行氏の「菊池寛「現代通俗小説」の沃野―「代作問題」をふまえつつ」という、二本の刺激的な論考が収められている。前者は、高松市菊池寛記念館版『菊池寛全集』所収の、五〇篇近い「現代通俗小説」を、「嵐の中で生まれる夫婦愛/許しとしての接吻」から、「戦場へ、そして戦場より、そして再び戦場へ」まで、七つのブロックに分けて、丁寧に概観した論である。作品を横断することで、「通俗」を支える物語やセクシュアリティを規制する、時代的な枠組みが視野に入ってくる。

後者は、代作問題に関する証言を丹念に集めている。代作の善悪を単にモラルの問題として語る言説は、正統的な「作者」が存在するかのような、無意識の思い込みを前提に成立する。資料篇の「連載期間年表」が示すように、菊池は新聞や雑誌での複数の連載を同時並行的に行っていた。それは多くのアシスタントが、作品制作に参加することで可能になる。片山氏の言葉を借りるなら、「作者」としての菊池は、テーマやプロットを統轄するプロデューサーの役割を果していたのである。

同時にそのシステムは、貧しい「作家予備軍」への経済的援助も兼ねていたという。だとすれば代作問題は、文学の「経済学」を考察するための、重要な項目の一つということになる。代作問題を問うことで、「作者」とはどのような装置なのか、間テクスト性はどのように機能しているのかという問題に、私たちは開かれていくのである。

この事典の大部を占めるのは、四六の作品データである。データは書影・登場人物相関図・書誌から、あらすじ・キーワード・解説に及んでいる。「現代通俗小説」に現れる様々な問題系が、ここから立ち上がってくる。また本書の資料篇には、監修者や、編集者の若松伸哉・掛野剛史氏、さらに佐藤忠信氏による、「単行本書誌」「舞台化作品年表」「映画化作品年表」が収録されている。これらの資料は、文学・演劇・映画というジャンルが交通する場所で、新しいテクストが次々と生成してきたことを教えてくれる。

片山氏が「あとがき」で述べるように、菊池の「現代通俗小説」は日本の近代文学史が欠落させてきた世界の一つである。山口氏も論考の最後で、「硬直化した文学史の見方」を変更する必要性を指摘していた。ただ本書の可能性は、「現代通俗小説」の文学史への復権にとどまらないだろう。事典の多くの項目は、若手研究者が執筆している。執筆者の一人である西井弥生子氏の、「菊池寛交錯する「東京行進曲」―映画小唄の牽引力」という論文を、私は興味深く読んだことがある。クロス・ジャンル研究の深まりと、事典作成の体験が、新たに交叉してくるとき、どのような「知」の世界が探り当てられるのだろうか。事典以後に向けて、期待を高めてくれる一冊である。
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