なぜ世界は存在しないのか 書評|マルクス・ガブリエル(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2018年2月3日 / 新聞掲載日:2018年2月2日(第3225号)

他に類を見ない哲学と現実の架橋を試みた「新しい実在論」

なぜ世界は存在しないのか
著 者:マルクス・ガブリエル
出版社:講談社
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本書は二〇一三年に刊行されるやいなや哲学書としては異例のベストセラーを記録し全世界を驚愕させた、哲学界の新星マルクス・ガブリエル(当時三三歳)の出世作である。

本書の内容を一言で言えば、それは現代に巣喰う「無意味」の底をぶちぬいて「意味」へと突破しようとする哲学的思索の努力と要約しうるであろう。

ガブリエルによると、私たちは二重の無意味にとりつかれている。第一に、自然科学的世界像が唯一正しいとされるものの、そこには人間の居場所がどこにもない。このような状況に面してポストモダンは、科学的世界像も含め「あらゆるものは幻想である」と主張した。しかし第二に、このように言うことによってこの立場そのものも一個の幻想と化してしまう。こうした二重の無意味に囲まれながら、私たちは意気消沈し、なす術を知らず相変わらず自然主義の抑圧に屈している。

この二重の無意味からの脱却の切り札をガブリエルは「世界は存在しない」という洞察に求める。これは「あらゆるものは幻想である」というポストモダンの主張を「世界は存在する」という「唯一の幻想」へと縮減することである。しかし「世界は存在しない」ならば、世界にかんする像もありえない。それゆえ、自然科学的な世界像もなく、自然科学は世界についての理論であることを止めて、たんなる科学的探求へとひきもどされる。

もっとも自然科学は世界像である限りはまちがっているが、事実そのものを捉えていないのではない。それどころかあらゆる場面において私たちは事実そのものに触れている。自然科学のみならず、あらゆる人間の営みは実在への通路なのである。これがガブリエルの「新しい実在論」である。それは「存在する」ということを「意味の場に現象する」ことととらえる一方で、これら無限の意味の場を包摂する最後の意味の場(世界)はないとするのである。「あらゆるものが存在する、ただし世界をのぞいて」。

究極の審級をもたない、多次元的で重層的な意味の場から意味の場への不断の移行が、私たちの生きている現実であり、しかもその一つ一つが実在そのものとの接触である。この観点からすると自然科学はたった一つの意味の場でしかない。これによってそれ以外の意味の場が、自然科学と平等の権利をもって息を吹きかえしてくる。ガブリエルが言うように、私たちの日常の些細な感情や他愛ない空想までもが、実在との関係においては自然科学の営みと同等のものである。それどころかそうした意味の場こそが圧倒的な数的優位を占めているのである。

ガブリエルによれば、私たちの人生は、あらゆるものを唯一の観点から一元的に判定するための拠り所がそもそもないなかで、無数の意味の場をくぐりぬけながら自己自身を探求しつづけることである。ガブリエルはこのような人間のあり方を「精神」と呼び、その概念把握を試みているが、少なくとも本書においては十分にそれに成功しているとは言いがたい。

それにもかかわらず本書の主旨は明白である。決定的とも見える単独支配と絶望に抗して、それからの脱出口を思考によって切り開き、多数の抑圧されたものどもにその内部にひそむ本来の力への自覚をうながしながら、ゆるやかな連帯を呼びかけるというのが、本書全体をつらぬく思考の運動の主旋律である。

しかもそこに哲学的思考そのものの新生というもう一つの旋律が重ねあわされる。実際これは他に類をみない哲学と現実の架橋の試みである。本書は平易な語り口のゆえに非専門家向きの哲学書と言われている。しかし要点はそこにはない。「新しい実在論」は思想そのものも、あらゆる事物と同じように現実に存在すると主張するのである。

このようなガブリエルの野心的な企てを訳者は見事に日本語にしてくれた。まだならばとにかく手にとって、ページをめくってほしい。二一世紀の哲学とはどのようなものなのか。ここにはその答えの一つがある。(清水一浩訳)
この記事の中でご紹介した本
なぜ世界は存在しないのか/講談社
なぜ世界は存在しないのか
著 者:マルクス・ガブリエル
出版社:講談社
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